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2024年1月14日 (日)

ニューヨーク・オールド・アパートメント

 ニューヨークで暮らす不法移民たちを描いた映画「ニューヨーク・オールド・アパートメント」を見てきました。
 公開3日目日曜日、シネマカリテスクリーン1(96席)正午の上映は、5割くらいの入り。

 ニューヨークで飲食店の配達をしながら英語学校に通うペルーからの不法移民の兄弟ポール(アドリアーノ・デュラン)とティト(マルセロ・デュラン)は、母ラファエラ(マガリ・ソリエル)が男性客に人気のセクシーなウェイトレスとして稼働していることに誇りを持ちつつ他方で母が男性客に親しげに振る舞うことに嫌悪感を持ってもいた。ある日英語学校の教室を訪れて周囲から浮いていたクロアチアからの移民の美女クリスティン(タラ・サラー)に話しかけたポールとティトは、その後クリスティンと話すようになるが…というお話。

 基本的に、不法移民をあからさまに蔑む人、にこやかに寄り添いつつ自分の要求に応じなくなると途端に罵倒する人、不法移民に対して同情を示し助けようとする人の、姿勢、振る舞い、表情が描かれ、不法移民の置かれた境遇を訴える作品です。
 しかし、そこよりも、クリスティンの言葉と行動から、コケにされたら黙っていないで闘うべきだというメッセージ、ひいては弱者のプライド(ラマに象徴されるつばを引っかける程度であっても)が印象に残ります。
 また、ポールとティトの性の目覚めとか、ラファエラの家族愛もテーマになっているように思えます。

 たぶん、シングルマザーのラファエラの視点で描けば、よりストレートな不法移民の生活苦、差別、悲惨さをアピールする作品となったでしょう。家族関係についても、結局はラファエラの稼ぎに依存しているのにそれを十分に自覚せずに批判的な言葉をかけ、ラファエラの手伝いよりもデートを優先するような息子たちへの視線を出せばシングルマザーの大変さをもアピールするフェミニズム色も強まったでしょう。
 また、クリスティンの視点で描けば、不法移民の女を食い物にする男たちへの憎悪、ポールとティトにしてもクリスティンの目からはただセックスしたくて寄ってくる軽薄なチャラい男でそれを寛容にあしらいつつも我慢しきれなくなってくる(クリスティンが度々「今日の優しさはこれでおしまい」とつぶやく姿が痛々しい)様子が前面に出た移民と女性への虐待をよりストレートに描く作品となったでしょう。
 この作品は、それをせず、ポールとティトの視点で描いている故に、不法移民としての苦しみを描きつつもどこかお気楽なタッチになっています。それが過度に深刻にしないことで観客層を拡げる効果があるということなのか、メッセージ性を弱めて中途半端になっているということなのか、そのあたりをどう受け止めるかで評価が分かれるかなと思いました。

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