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2018年1月

2018年1月28日 (日)

ミッドナイト・バス

 深夜バス運転手の元妻との再会を機に生じた恋人と家族への波紋・戸惑いを描いた中高年ヒューマンドラマ「ミッドナイト・バス」を見てきました。
 (新潟での先行公開後の)全国公開2日目日曜日、全国30館東京で3館の上映館の1つ有楽町スバル座(270席)午前11時20分の上映は5~6割の入り。観客層は中高年中心。

 新潟で娘彩菜(葵わかな)と暮らす東京新潟間の夜行バスの運転手の高宮利一(原田泰造)は、東京(大森)で小料理屋「居古井」を経営する古井志穂(小西真奈美)と10年越しの交際を続けていた。白鳥が見たいという志穂を迎えるために新しいシーツや食器を用意し炊飯器をセットして、夜行バスで新潟を訪れた志穂とともに夜勤明けの利一が自宅に戻ると、就職して東京で暮らしているはずの息子怜司(七瀬公)が用意していた飯を食べ尽くし志穂のための布団に裸で寝ていた。仕事をやめ、家賃も払えなくなって東京のアパートを引き払ってきたという。気まずい思いで志穂はそのまま東京に帰ってしまう。そんなある日、利一は新潟の万代バスセンターのベンチで座り込む元妻美雪(山本未來)を見つける。新潟の実家を出てマンションに引っ越したばかりの父敬三(長塚京三)が事故で入院してしまい、実家の風通しや父の見舞いに月に1度新潟に通っているという。利一から敬三の実家の手入れや見舞いを頼まれて、怜司は文句を言いつつ手伝うが、母に捨てられたことを恨みに思う彩菜は反発する。利一は姑との対立で家を出た美雪を自宅に招き、姑の仏前で美雪の心のしこりを溶かそうとした。翌朝、朝食を摂っているところに、ビワ茶を飲みたいという敬三のために実家の庭のビワの葉を預けていた志穂がたくさんのおかずとビワ茶を持って現れて美雪と鉢合わせし・・・というお話。

 新潟で同居していた母も亡くなり息子は東京で就職し、2人住まいとなった娘も仕事をして結婚話も出ているという状況で、そろそろという思いで東京に住む10年越しの恋人を新潟の自宅に招いたところで、突然で戻ってきた息子、再会した元妻の幸せ薄い様子に、姑と妻の対立をうまく調整できず離婚に至ったという負い目が相まって生じた迷いが、恋人との関係・思いにどう影響するかが、ストーリーの軸になっています(たぶん、観客の大部分は、元妻美雪の登場で、利一と志穂の関係がどうなるのかに主たる関心を持って見続けると思います。にもかかわらず、公式サイトの「ストーリー」の最後には、その結末まで示唆されているというのが、何というか・・・)。
 原作では、志穂にあからさまにアタックしている志穂と同年代の男宇佐美をあしらう志穂の利一を妬かせようという微妙な計算が見え、また利一も宇佐美の存在故に自らが身を引いた方がという気持ちになるわけですが、映画では宇佐美は登場せず、志穂はより純情で一途に描かれています。利一も、原作では、美雪の求めに応じてHしようと試みてできなかったという場面がありますが、映画ではそれはなく、より理性的に描かれています。
 その結果、映画の中では、利一は気持ちとしては迷うことなく志穂を思い続けながら、ただ自分はもうすぐ50歳で、一回り以上年下の志穂を幸せにしてやれるかということへの理念的な迷いと自信のなさから志穂に別れを告げるということになります。確かに、今子どもを作ったらその子が成人するときには自分は70歳ということ自体は、厳然たる事実として突きつけられます。しかし、それにしても、そのことだけで、ここまでまっすぐに自分を思ってくれる恋人を、捨てることができるでしょうか。通常であれば、当然に利一の立場で見ることになる50過ぎのおっさんの私が、むしろ志穂の側でそれはあんまりだろうという方に思い入れてしまいました。

 この作品で、敬三の台詞が何度かポイントになるのですが、もう少し重く、あるいは弱々しくでいいからもっと間を取って語って欲しかったなと思います。キャラとしてももっと老人らしい方がよかったし、ほとんど間がなく高めの声で速いしゃべりのため、台詞が染みにくかったのが残念です。
 また、敬三とともに行く旅行先が、原作では、弥彦山上の温泉地で、せっかく新潟を去る前に新潟を見渡したいという敬三の希望が深い霧でうまくいかないという設定なのを、映画では佐渡島にしていて、敬三の台詞の「五里霧中」が、とってつけたようになってしまっています。撮影スケジュールから、霧が出るのを待てなかったのかもしれませんが・・・

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