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2016年12月25日 (日)

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場

 無人機による爆撃をめぐる軍人・政治家らの葛藤を描き倫理を問う映画「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」を見てきました。
 先行公開3日目、全国唯一の先行上映館TOHOシネマズシャンテスクリーン2(201席)午前10時30分の上映は9割くらいの入り。

 ケニヤのナイロビのアジトにイスラム過激派「アル・シャバブ」の幹部が集結するという情報をつかんだイギリス軍は、上空の無人機からの映像を見ながら、キャサリン・パウエル大佐(ヘレン・ミレン)が率いるイギリス軍統合司令部、フランク・ベンソン中将(アラン・リックマン)らが控える内閣(首相、外相は外遊中)、無人機を操縦するスティーブ・ワッツ(アーロン・ポール)らが待機するネバダ州の米軍基地の3か所での合同作戦を展開し、現地での対象者の捕獲を準備していたが、パウエルが最重要対象者の確認を待つように指示する中、アル・シャバブの幹部らが車で過激派の支配地域内に移動してしまい、捕獲作戦は現地隊員の犠牲が大きくなるために困難になった。パウエルは、現地のスパイジャマ・ファラ(バーカッド・アブディ)を過激派支配地域に潜入させてアル・シャバブ幹部が集結した家の中に甲虫型の盗撮ビデオカメラを飛ばして最重要対象者の存在を確認したが、その際、自爆テロ用の爆弾を仕込んだベストなどが用意されていることを確認した。作戦を捕獲から無人機による対象者殺害(爆撃)に変更することを主張するパウエルに対し、内閣内では殺害を主張する軍側、決断の責任を回避する政治家、法的正当性がないことを指摘するアンジェラ・ノース(モニカ・ドラン)らが対立して紛糾し、決断は先延ばしにされる。アメリカ側の決断で爆撃が決定され、発射準備が整ったところで、爆撃対象の家の前で少女がパンを売り始め、爆撃による少女の死亡確率をめぐり、作戦はさらに迷走し…というお話。

 自爆テロで失われるかもしれない80人の命を守るために1人の少女を犠牲にしてもテロリストを爆撃すべきか、という問いが度々投げかけられています。
 この種の「究極の選択」を迫りたがる多くの作品同様、まずこの「二者択一」に疑問があります。長時間にわたり上空からの監視を続けて議論しているわけですから、パウエルはまずは捕獲作戦のために待機させている特殊部隊を過激派支配地域の外側に移動させて待機させておくべきで、自爆テロの行為者が移動を始めればそれを上空から監視を続け、支配地域を出たところで捕獲する、そこで抵抗すれば初めて射殺等の対応をするというのが本筋でしょう。自爆テロを続ける過激派を捕獲する作戦に従事する特殊部隊は、対爆弾用の装備もしているはずですし。パウエルらは過激派は人混みで自爆テロをすると繰り返し主張していますが、過激派が自分たちの支配地域で自爆テロをすることは考えられませんから、自爆テロの実行犯が支配地域からそうでない地域の人口密集地帯までの間の非居住地帯を通る場面が当然にあるはずです。その程度の冷静な判断もできないようなら、まず軍の作戦を指揮する資格はないでしょう。むしろ、パウエルには、自分が最重要対象者の存在確認に手間取って、その間に過激派支配地域に移動されて、捕獲作戦には軍の犠牲が大きくなってしまったという、自己の失策を糊塗するためにも、軍の犠牲を払わなくてよい殺害に切り替えたいという動機、6年間探し求めてきた最重要対象者の存在をようやく把握したことから逃がすリスクを最小限にするため捕獲より殺害にしたいという動機があったものと見えます。自爆テロが迫っているというのは、パウエルにとってはむしろ殺害に切り替えるための口実に過ぎなかったように思えます(終盤での2回目の爆撃指示を見ると、その感を強くします)。
 ここでは、自爆テロを準備しているテロリストなら裁判もなしに殺してよいのか、という問いかけはありません。過激派には人権はないと言っているようです。イギリス軍やアメリカ軍は、またアメリカ政府は、そしてまた少なくない人々は、いつからこのような感覚と認識を持つようになってしまったのでしょうか。
 まず、たぶんふつうの法的な考えでは、少なくとも私の感覚では、自爆テロを準備して敢行しようとしている人物は、爆発物を持って公道に出たところで爆発物所持の現行犯として、過激派の幹部は国際指名手配されているというのですから当然に逮捕令状が出ているはずなので令状により、いずれも逮捕はできるでしょうし、それで起訴・刑事裁判と進むべきで、裁判なしで殺害することは法的には許されません。国際法的な問題として、ケニア国内でイギリス軍やアメリカ軍が無人機を飛行させてその無人機からミサイルを発射すること自体、主権侵害でしょうし、いずれにしてもそれで人に危害を加えるなど犯罪というべきでしょう。自爆テロによる被害を防ぐため、だとしても、なにゆえにイギリス軍やアメリカ軍がそのような権限を持つのか、大いに疑問です。
 国際的な権限の問題を置いて、自爆テロを防ぐためにテロリストを殺害してよいという考え方は、国家権力の行使をテロリストの自爆テロと同次元に引き下げ、貶めるものです。国家権力の行使は、それが国家権力であるがゆえに(その理由が国民の信託によるものであるからか、権力が巨大であるからかは置いても)謙抑的な行使が求められ、また正義を具現するために行使されるべきであり、適正手続を守って行われるべきですし、権力を行使する者には一定の矜持(ノブレス・オブリージュ)が求められます。テロリストが悪を行うのだから、国家も同様に目には目をでいいというのは、子どもの喧嘩レベルの議論でしょう。ブッシュが「対テロ戦争」などと言い出してから、アメリカという国は、そのレベルで議論するように成り果ててしまいました。その「同盟国」も、そのレベルに落ちる国が多いようです。床屋談義であればともかく、権力を行使する人物がそのレベルでいることに、私は、戦慄を覚えます。この作品の登場人物で、私の眼には冷静に論じているのはアンジェラただ一人です。そのアンジェラでさえ、少女の犠牲がなければ殺害自体には反対しない姿勢で、私にはその価値観の飛び方が法律顧問として疑問に思えるのですが。

 私の眼には唯一冷静な判断をしているアンジェラに、自分たちは安全な場所で戦争をしていると指摘させ、他方そのアンジェラの指摘に対してベンソン中将が自分は自爆テロの現場に何度も行った「決して軍人に言ってはならない。彼らが戦争の代償を知らないなどと」と諭すシーンを置き、そのベンソン中将が子どもへのプレゼントを持って帰るシーンをつなげるあたりは、アンジェラが現場を知らない頭でっかちだと言いたいのか、自分の子どもはかわいくても見知らぬ子どもには冷酷になれると言いたいのか…
 アンジェラの問いかけを採って、原題にはないサブタイトル「世界一安全な戦場」を付けた日本の興行サイドに、少しだけ拍手。

 パウエルが、爆撃の際の少女の死亡確率を計算する部下がどう計算しても上限は65%になると答えたのに対して、爆撃を実行するために、計算結果を45%以下にしろと命じ、部下が戸惑いながら計算をせずに着弾点をここにすればたぶん45%になると答える場面があります。何としてでも自分の希望を押し通したい権力者と、権力の意向を気にして希望的観測で自己の良心をなだめてさじ加減する技術者のやり取り。私は、原発の設計や事故評価の計算をイメージしてしまいます。

 家屋内に令状もなく盗撮ビデオカメラを飛ばして中の様子を監視することも、もちろん違法で、犯罪と言ってよい行為です。これも、犯罪者(犯罪を準備する者)には人権などないというレベルの粗雑な議論で押し通すのでしょうか。盗聴法が制定されて実施され、2016年7月の参議院選挙期間に大分県警が連合大分の事務所に盗撮用カメラを設置した事件が発覚しても政権が転覆することもない日本でも、他人事には思えません。米軍が駐留し、首都(東京)を1時間程度で制圧できる位置に米軍基地(横田基地)があり、米軍機やオスプレイがどこでも自由に飛行できる(原発の上は、なるべく飛ばないようにする、けど)この国では、無人機がどれほど飛んでも不思議はありませんし、無人機が民家を爆撃しても、オスプレイが墜落しても米軍と政府に遠慮して「着水」なんて報道しかしないマスコミばかりの現状では、きっともみ消されてしまうでしょう。この映画のテーマは、全然他人事には思えませんでした。

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