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2016年6月

2016年6月26日 (日)

嫌な女

 まじめで不器用な弁護士がいとこのわがままな詐欺師に翻弄される映画「嫌な女」を見てきました。
 封切り2日目日曜日、新宿ピカデリースクリーン5(157席)午前10時40分の上映は7割くらいの入り。

 弁護士となり同業者と結婚もしたが充実感を持てない日々を送っていた石田徹子(吉田羊)の元へ、小学生の時にお揃いのひまわり柄のワンピースを自分の方が似合ってるのに同じ物を人が着るのは気にくわないと徹子のワンピースを目の前で切り裂いて以来会っていなかった同い年のいとこ小谷夏子(木村佳乃)が、婚約破棄で慰謝料を請求されていると、依頼に来た。徹子が相手の西岡章夫(近藤公園)の話を聞くと、西岡の家の名義を夏子名義にすることを要求されて断ると婚約破棄をしたという。徹子が夏子に聞くと、内心のことは黙ってればわからないでしょとうそぶく。西岡の件は、夏子に未練のある西岡を、夏子が復縁を匂わせて丸め込み、夏子は弁護士報酬も払わずに姿をくらませたが、その後、夏子がゴッホのひまわりの贋作を200万円で売りつけた嶋正義(金子昇)から代金の返還請求を受けて、またしても徹子の元を訪れた。夏子は病院に通って、寝たきりの橋本敬一郎(寺田農)にかいがいしく世話を焼くが…というお話。

 まじめで不器用な徹子が、自分とは正反対のわがままで破天荒だが人の懐に入り相手の男の気持ちを明るくさせて心をつかみ好かれる夏子に対し、最初は嫌悪しながら、次第に気を許し好感を持つようになるという徹子の心の変化を見る作品です。
 夏子が、まったく身勝手であるにもかかわらず、一生懸命生きてる感があり、他方、徹子はまじめに対応しているけれどもずっと不機嫌な表情で、タイトルの「嫌な女」はむしろ徹子に当てはまりそう。

 原作の小説8章分のうち、前半の第4章までのエピソードを使っていますが、原作では第6章で初めて登場する(第4章まででは登場しないはずの)勤務弁護士の磯崎(中村蒼)が登場したり、事務員のみゆき(永島暎子)が名前を変えられた(原作は「藤田」、映画は「大宅」。名前が変わってるのはみゆきだけ。なぜでしょう)上、原作では第8章まで生きているのに病死させられてしまうとか、所長の荻原弁護士(ラサール石井)の人柄が原作では飄々とした感じで包容力を感じさせるのに、映画ではいらついた感じだったり、ストーリー展開では夏子が貢いでいた男太田(古川雄大)の関係で、原作では真里菜(佐々木希)が殴られたといって夏子に損害賠償請求する話を、夏子が殴った相手が太田と変えた上に原作にはない結婚式のエピソードを追加してそれがクライマックスになっているなど、かなり大胆に変更されています。
 作品の質という点で、私の目から一番の違いは、徹子の弁護士としての仕事ぶり、事件での対応にあると思います。この映画を見る限り、徹子は、ただ愚直に不器用に対応しているだけで、事件解決に当たって弁護士としての手腕を見せる場面はありません。原作では、特にこの作品で使われた、嶋正義へのニセ絵画売りつけと太田との関係での交渉で、したたかさを見せつけて、本来は夏子にまったく理がない事件で相手の請求をすべて引っ込めさせています。このあたりの、弁護士としての徹子の性格の描き方が違うため、原作が弁護士としての職業観に絡めた諦念・無常観を印象づけるのに対して、映画は徹子の夏子に対する人格評価に基づく感情レベルの描写にとどまっています。
 原作では、徹子が磯崎に対して語る「原告と被告のどちらかの希望が通れば、どちらかの願いが砕かれています…」という発言が映画では徹子の発言ではなく、荻原から徹子への教えになっているのは、徹子の弁護士としての手腕が描かれないためでしょうか。もっとも、「弁護士の仕事って、やりがいを求めてはいけない領域のものだと思ってる。淡々と仕事をして、もちろん、手は抜かずに、当たり前のことをする。それを積み重ねるだけ。結果として、それが誰かを助けることになって、感謝されるかも知れない。でもね、感謝されることを目的にしてはいけないし、期待してはいけないと思ってる。救えると考えてはいけないと思う。救えないもの。ただ、ベストを尽くすだけ」という台詞は、原作では夏子の息子幸一に対しての台詞なのを磯崎に対する台詞に変えて、徹子の台詞として残していますが。

 徹子が橋本と同室の入院患者近藤(織本順吉)に頼まれて撮ったビデオ遺言(原作は、時代設定が違うため録音テープ遺言)。弁護士業務としては、よさそうだなと思います。情緒的思い出的なメッセージだけでなく、本来の遺言の補足としても。
 なお、民事事件で、「弁護する」って言葉は、弁護士はふつう使いません。依頼者との関係でいえば、受任する、事件を受ける、対外的には(相手方とか)代理する、代理人になる、くらいですね。

2016年6月19日 (日)

マネーモンスター

 財テク番組のオンエア中に株式投資で全財産を失った男が乱入し、生放送で株暴落の真相を追うというサスペンス映画「マネーモンスター」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、TOHOシネマズ新宿スクリーン8(88席)午前11時40分の上映は、ほぼ満席。アメリカでは公開初週末(2016年5月13~15日)興収が3位、2週目6位、3週目8位で以後トップ10から消え、日本では公開初週末(2016年6月11~12日)8位。ジュリア・ロバーツとジョージ・クルーニーのギャラだけ考えても赤字になりそう。演技のレベルは高いと思うのですが、テーマが観客の興味を惹きにくいというか宣伝とうまくマッチしていないのかも。私も、カミさんが、朝日新聞のジョディ・フォスター監督のハリウッドの女性監督に対する「セルロイドの天井」インタビューで見る気になって引っ張られて見たという状況ですし…

 財テク娯楽番組「マネーモンスター」のキャスターリー・ゲイツ(ジョージ・クルーニー)は、番組で直近に起こったアイビス社の株式の暴落についてアイビス社側のアルゴリズムのバグによるものという説明を受ける予定で、スタッフと様々なジョークを交わしながら本番に向けて準備を続けていた。本番が始まり、例によって台本通りにしゃべらずアドリブを続けるリーに苦笑しつつコントロールルームで見守る番組ディレクターパティ・フェン(ジュリア・ロバーツ)は、スタジオに箱を持って潜入する男(ジャック・オコンネル)を発見したが、リーが準備したサプライズと受け止めてカメラを向ける。しかし、男は、リーに拳銃を突きつけ、爆弾を装着したベストを着用させ、自分がリモコンから手を離したら爆発すると通告し、リーが番組で「銀行預金より安全」といったアイビス社の株に全財産をつぎ込み失ったことを告白して、アイビス社の株暴落の真相解明とアイビス社からの謝罪を求めた。公式回答を続けてモニターを銃で撃たれたアイビス社広報責任者ダイアン(カイトリオーナ・バルフェ)は、以後の出演を拒否しつつ、リーの身を案じるパティの要求に応じて、連絡不能状態のアイビス社CEOウォルト(ドミニク・ウェスト)の行方を追うが…というお話。

 作品の基本線は、乗っ取られた生放送番組を進行しながら、アイビス社の株式暴落が株式売買プログラムのアルゴリズムのバグという公式説明の真相をパティの指揮の下にスタッフが懸命に探り、真相を解き明かしていくというサスペンスで、その緊迫感とスリルを味わうエンターテインメントです。
 そこに、ウォール街に巣食う金の亡者の犯罪、隠蔽と、その周辺でバカ騒ぎするマスコミ、ウォール街とマスコミに踊らされてなけなしの金を巻き上げられる一般人という社会の構図、それが白日の下にさらされても結局はすぐにそれを忘れ、忘れたように同じことを繰り返していく現代社会の救いのなさといったことがサブテーマとして乗せられています。
 ジュリア・ロバーツ演じるパティの極度の緊張感の下での沈着さと瞬時の判断力、粘り強さとしたたかさ、そしてアイビス社CEOの愛人の広報責任者ダイアンの正義感の設定と描写が印象的です。ハリウッドでの女性監督に対するガラスの天井「セルロイドの天井」を訴えるジョディ・フォスターの信念といったところでしょうか。

 サスペンスとして引き込まれるのですが、終了後はウォール街のマネーゲームへの怒りと失望、踊らされる者たちの虚しさと悲哀にしんみりとするじんわり系の作品です。

2016年6月12日 (日)

64-ロクヨン-後編

 横山秀夫の警察小説を映画化した映画「64-ロクヨン-後編」を見てきました。
 封切り2日目日曜日、新宿ピカデリースクリ-ン3(287席)午前8時50分の上映は8割くらいの入り。

 7日間しかなかった昭和64年の1月5日に発生し未解決の少女誘拐殺人事件、通称「64」が時効まであと1年となる平成14年12月、匿名発表問題での記者クラブとの対立を解決した広報官三上義信(佐藤浩市)がホッとするまもなく、警察庁長官の視察前日に起こった身代金要求事件で刑事部から被害者の実名を知らされないまま報道協定を申し入れて記者クラブ側が激怒し、三上は被害者情報を得るべく、捜査1課長松岡(三浦友和)を待ち伏せし、ようやく被害者目崎正人(緒形直人)の名前を得るが、その後も刑事部は家族の名前を明かさず情報を持たない捜査2課長のみを記者会見に出し続け、記者側の怒りは頂点に達し、三上はさらなる捜査情報を得るために所轄署前で松岡を待ち続け…というお話。

 後編の冒頭、原作ではミステリーのクライマックスとなるべき「64」の遺族雨宮(永瀬正敏)が事件当時の電話帳を追って無言電話をかけ続けるシーンが置かれ、さらには身代金要求電話をかける人物の映像も早々に出て来て、あれっと思いました。「慟哭の結末」って宣伝しながら、原作で終盤まで引きずって泣かせるシーンをもう出しちゃったらどうするのかって。でも、公式サイトを見たら、「原作と異なるラストで、2部作感動巨編ついに完結!」って書いてありました。むしろ原作を読んでいる観客を劇場に引き出すという狙いなんですね。
 ということで、64の遺族雨宮が目崎の小学生の娘(渡邉空美)に接触したり、身代金要求事件終了後を追加したところが原作と変わってきます。
 その結果として、三上に対する観客の評価・イメージも変わってきます。原作のイメージよりも、佐藤浩市の「誰も守ってくれない」とか「アンフェア」での矛盾を抱えたというか、その言葉をその通りに守れないというか信用できない刑事のイメージの方が勝ってしまうような印象です。
 64の被害者雨宮翔子ちゃん(平田風果)を彷彿とさせる11歳のまっすぐで多感な少女を悲しませるような、裏切るような行為は、いくら犯人憎しであっても、やっぱりやっちゃいけないんじゃないか。制作者が、原作と異なるラストとして用意したその中心部分が、後味が悪くて、「慟哭の結末」とは感じられませんでした。

 電話帳に5人も並ぶ目崎姓。群馬県・新潟県に比較的多いそうです。原作では「D県」で通していたのを、喫茶「あおい」の所在地は前橋市と明示していました。原作でも想定は群馬県だったのでしょうか。

 テーマソング、「昭和」な小田和正の声とメロディはいいんですが、映画上映前にタイアップ広告で小田和正のベスト盤「あの日あの時」の宣伝映像があり、顔と身体のイメージが残ってしまい、ラストにフィットしないなぁと思いました。

2016年6月 5日 (日)

スノー・ホワイト 氷の王国

 スノー・ホワイトの邪悪な女王に妹がいたという、「スノー・ホワイト」のエピソード0+エピソード2の映画「スノー・ホワイト 氷の王国」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、新宿ピカデリースクリーン7(127席)午後2時5分の上映は9割くらいの入り。

 「スノー・ホワイト」より昔、邪悪な女王ラヴェンナ(シャーリーズ・セロン)と暮らしていた妹のフレイヤ(エミリー・ブラント)は、他国の王子の子を産み、王子とともに旅立つ約束をしていたが王子と子を失い激しい怒りと哀しみに魔力が目覚め、独立して王国を作った。フレイヤは子どもたちをさらい、人を愛してはならないという掟の下で軍人に鍛え上げ、他国を侵略して王国を拡大していった。フレイヤの下で実力を発揮し最強の狩人となったエリック(クリス・ヘムズワース)と最強の戦士となったサラ(ジェシカ・チャステイン)は愛を誓い2人して逃亡を企てるがフレイヤに見つかり、氷の壁に阻まれる。
 7年後、スノー・ホワイトとエリックにラヴェンナが滅ぼされたことを知ったフレイヤは、配下の軍人たちに魔法の鏡の回収を指令し、魔法の鏡を聖域に安置すべく出発したスノー・ホワイトの軍勢が帰らないことを案じたエリックはドワーフたちとともに魔法の鏡を探しに森に入るが…というお話。

 前作「スノー・ホワイト」(2012年)の前日譚:エピソード0と、「スノー・ホワイト」後:エピソード2をつなげた形で、エリックとサラがひき裂かれたシーンから、「7年後」というキャプションが入って、その間に「スノー・ホワイト」のラヴェンナとスノー・ホワイトの闘いが済んで、すでにラヴェンナが滅ぼされた後に続きます。ふつうだと、ここでスノー・ホワイトのダイジェスト版とまで行かなくても、ラヴェンナが滅ぼされるシーンくらい入れるものだと思うのですが、まったくなし。観客が、「スノー・ホワイト」を見ているということが前提にされているのでしょうか。
 エリックとサラの愛、フレイヤの実らなかった愛への怒りと封じ込められた未練が、テーマであり、ストーリーの肝になり、またそれが見どころとなります。

 魔法の鏡、スノー・ホワイトがラヴェンナを滅ぼした後にフレイヤから世界で一番美しい (finest : most beautiful でも prettiest でもない!) のは誰と聞かれて、ラヴェンナと答えるのはなぜ?
 当然、スノー・ホワイトは生きて王国に君臨しているわけで、スノー・ホワイトが生きているのにラヴェンナの方が美しいと答えるくらいなら、ラヴェンナはスノー・ホワイトを追放したり闘う必要もなかったのでは?
 もっとも、終盤で、魔法の鏡は、意見を言うのではなく、問いかける者の心を映していると述べているのが、含蓄深い新解釈と受け取るべきなのかも知れませんが。

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