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2016年4月

2016年4月17日 (日)

スポットライト 世紀のスクープ

 2016年アカデミー賞作品賞受賞作「スポットライト 世紀のスクープ」を見てきました。
 封切り3日目日曜日、TOHOシネマズ新宿スクリーン7(407席)午前10時10分の上映はほぼ満席。

 2001年、ボストン・グローブ紙に新しい編集局長マーティ・バロン(リーブ・シュレイバー)が就任し、調査報道による連載コーナー「スポットライト」を担当するチームに対し、カトリック教会神父による児童性的虐待事件の証拠開示請求を申し立て調査するように指示をした。部長(ベン・ブラッドリー・Jr)は最初は新しい編集局長の意図を疑うが、スポットライトチームのロビー(マイケル・キートン)、レゼンデス(マーク・ラファロ)、サーシャ(レイチェル・マクアダムス)、マット(ブライアン・ダーシー・ジェームズ)らが、周囲の抵抗・反発を受けながらも調査を始めると、カトリック神父による児童虐待は稀なものではなく、神父全体の6%もが虐待に手を染め、問題になると教区を転属になり、教会上層部が問題を知りながら隠蔽し続けてきたことがわかり…というお話。

 実話に基づく物語のため、調査の過程も、カトリック教会等の抵抗も、派手な場面はなく、ストーリーはかなり地味に展開します。事実を詰めていく記者たちの努力や思いというあたりが見どころで、じんわりとした共感というところで満足感を持てるか、が作品の評価を分けそうです。「世紀のスクープ」というタイトルや、「アカデミー賞作品賞受賞!」につられて見に行くと、期待外れと感じそうです。
 「スクープ」としては、ややわかりにくいのですが、「神父の児童虐待」自体がスクープということではなく、それは相当前から度々刑事事件になったりして報道されていたのですが、異常な神父による極めて稀な例として受け止められていたところ、そうではなく相当な数の児童虐待が報道されないままに闇に葬られ、しかもカトリック教会上層部が神父による多数の児童虐待を知りながら問題神父の転属や休職で世間に知られないようにしていたということが「スクープ」になります。
 この作品は、記者たちの奮闘を描いているのですが、単純に記者の正義を褒め讃えるのではなく、児童虐待を扱ってきた弁護士が20年以上前にボストン・グローブ紙に告発資料を送っていたにもかかわらず記事にされなかった、それも圧力により潰されたのではなく記者が関心を持たず調査もしなかったということも描いている点が秀逸に思えます(最初わかりにくかったのですが、冒頭に1976年という表示があり、児童虐待で神父が逮捕され、警察官が、記者は地元紙の1紙だけ、大手は来てないと話しているシーン、司教が記者を追い返せと話しているシーンが続き、この作品全体が1976年の話かと思っていました。新聞社でパソコンやインターネット、さらには携帯電話が普通に使われているシーンが続き、1976年にそれはないだろ、と思ったのですが…この時代から、神父が逮捕されることがあっても新聞記者の関心は低く警察も教会と一緒になって報道させない姿勢だったことを示唆していたのですね)。

2016年4月10日 (日)

ルーム

 監禁された女子高生とその間に生まれた男の子の解放後を描いた映画「ルーム」を見てきました。
 封切り3日目日曜日、TOHOシネマズ新宿スクリーン9(499席)午前11時30分の上映は5~6割の入り。

 天窓だけから日光が入る部屋の中しか知らないジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)は5歳の誕生日にママ(ブリー・ラーソン)とケーキを焼いてご機嫌だったが、ローソクがないと拗ね、日曜日の差し入れで頼んでとねだるが、ママはそういう特別なものは頼めないと苛立つ。夜中に「オールド・ニック」(ショーン・ブリジャーズ)がやってくる日は、ジャックは洋服ダンスで寝かされていたが、ある夜隙間越しに、ビタミン剤を持ってこなかったことを詰るママに対して半年前から失業していて金がないなどと言ってオールドニックが声を荒げるのを聞いた。その後、部屋の電源が切られ、ママはジャックに、7年前17歳の時からこの部屋に監禁されている、この部屋の外に本当の世界がある、テレビに出てくる人たちは「ニセモノ」じゃなくて本当にいる人たちだと説明し、脱出のための作戦を練るが…というお話。

 監禁という犯罪の罪深さを考えさせられる作品です。解放された、世間にとっては「事件解決」の瞬間は歓喜で迎えられますが、ママ/ジョイがアルバムの親友たちとの写真を見て、彼女たちには何も起こらなかったと泣き崩れる場面に象徴される17歳からの7年間を奪われた哀しみ、そして精神的に不安定なジョイが苛立って母親(ジョアン・アレン)に投げつけた「私がいなくても楽しくやってたんでしょ」に対して母親が返す「人生を壊されたのはあなただけだと思ってるの」という言葉(夫婦は離婚/別居していた)に象徴される娘が消息不明の親の苦しみ、テレビ局に代表される世間の心ない質問/視線に傷つき自殺しようとするジョイの容易ではない「社会復帰」など、解放で「一件落着」とは行かない現実が提示されています。
 この作品では、5歳になって初めて知った「世界」「家族」への対応に戸惑うジャックが、しかしそれほど激しいトラウマに悩まされず、祖母が温かく受け入れ、しかも祖母の再婚相手レオ(トム・マッカムス)が意外にいい人でジャックに優しく接してくれるという恵まれた環境の下、ジョイもジャックを心の支えに回復していくという展開となっており、救われる思いです。
 現実の世界では、長期間の経過で、待つ家族もさらにズタズタになり、被害者と家族のずれ/きしみが増幅されて、より不幸な展開になることもままありそうです。
 この作品では、ジョイがジャックをむしろ心の支えにし、祖母もジャックを愛おしく思い受け入れていますが、被害者にとっては監禁・レイプ犯に否応なく産まされた子という側面もあり、愛情を持てない場合も、また家族がそのために受け入れない場合もあると思います(この作品でも、祖父(ウィリアム・H・メイシー)は最初ジャックの方を見ようとしません)。そういう場合でも母は子を守るべきという観念的な対応ではなく、母親の気持ちに即し/寄り添いながら、子どもの幸せのためにどうしたらいいのかを冷静に対応しないとねと思います。

 ジョイにとっては、監禁とレイプ被害の続いた悪夢の場所である「部屋」が、ジャックにとっては、5歳までの生活のすべてであり思い出の場所というギャップに、ジョイの苦悩が募りますが、それを乗り越えるラストシーンがじんわりと沁みます。

 ママ役のブリー・ラーソンがアカデミー主演女優賞を獲得した作品ですが、ジャック役の子役ジェイコブ・トレンブレイの演技が、さらに光っていたと思います。

2016年4月 3日 (日)

バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生

 DCコミックのヒーローかき集め映画「バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、新宿ピカデリースクリーン1(580席)午前11時45分の上映は8割くらいの入り。

 スーパーマンが登場した「マン・オブ・スティール」でクリプトン星の反乱軍ゾッド将軍(マイケル・シャノン)がスーパーマン(ヘンリー・カビル)を追って地球に現れスーパーマンがこれと闘った戦闘で、ブルース・ウェイン(ベン・アフレック)が経営するウェイン・エンタープライズの従業員を始め多数の人が犠牲になった。砂漠のアジトで「デイリー・プラネット」の記者ロイス・レイン(エイミー・アダムス)がゲリラの首領のインタビュー中、武装兵士がグループを射殺し始めグループのメンバーがレインに銃を突きつけるとスーパーマンが現れてレインを救い、兵士に家族を射殺された遺族はスーパーマンを恨んだ。市議会は公聴会の開催を決定しスーパーマンを召喚し、スーパーマンは公聴会に出席したが、公聴会が始まるや、議場が爆破された。ブルース・ウェインは、スーパーマンの追放を決意し、準備を始めるが…というお話。

 ライバル会社のマーベルが、ディズニーに買収されたこともあってか、それぞれの作品の世界観の違いとかブランド価値とかも無視して知名度の高いスーパーヒーローをかき集めた映画を作ればぼろ儲けというさもしい心根で作った映画が、大当たりし、性懲りもなく作った続編もまた大当たりし、近々公開の「シビル・ウォー」の予告編ではこれまで孤高を保っていたスパイダーマンもついに合流という事態を見せつけられて、DCコミックも我慢できなくなり同列の作品の制作に手を染めた、という趣の作品。DCコミックの看板のスーパーマンとバットマンの他、ワンダーウーマン(ガル・ギャドット)が登場、それ以外にもDCコミックのキャラクターが何人か登場しているそうです。私には見ていてよくわかりませんでしたが。
 今回、ブルース・ウェイン=バットマンがクリスチャン・ベールではない事情は今ひとつよくわかりませんが、おかげでなかなかピンとこない状態が続きました。「アベンジャーズ」の制作の際、「超人ハルク」のエドワード・ノートンが出演を拒否したような話なら痛快ですが…
 シリアスで陰鬱な雰囲気の両作品をつなげるのなら、ダークナイトシリーズで自らの信念では正義を貫き悪と闘い続けているのに民衆から恨みを買い汚名を着せられてきたブルース・ウェイン=バットマンが、正義の味方の超人スーパーマンに対して持つ嫉妬心/僻みと、スーパーマンが正義の味方なのかと問われる事態への自らのスタンスをめぐる複雑な思いを描いて欲しかったと思います。この展開なら、当然にそういうことに考えが及ぶはずですし、ごく普通に脚本を書いても、ブルース・ウェインの執事アルフレッド(ジェレミー・アイアンズ)に「ウェイン様も同じように言われてきましたからね」くらいのことを言わせるものだと思うのですが。

 全体が荒唐無稽な話なので、こういうことを言っても無意味とは思いますが、ストーリーのキーポイントになるところで、遙か彼方の砂漠で銃を突きつけられようが、ビルから突き落とされようが、水中でもがいていようが、恋人のロイス・レインの危機と所在は確実に察知して救出できるスーパーマンが、レックス・ルーサーから母親を人質に取ったと言われてその居場所を察知できないというのは、そうしないと見せ場が作れないのですが、不思議でした。

 悪役/陰で糸引く人物レックス・ルーサー(ジェシー・アイゼンバーグ)が、金持ちのボンボンのチャラ男なのが興ざめ。アクションものは、悪役がどっしりしていないと締まらないと思います。スター・ウォーズエピソード7のレンもそうでしたが、そういうのが流行っているのでしょうか。「どっしり」でなくても「ダークナイト」ではジョーカー(ヒース・レジャー)というキレた悪役のおかげで作品がスリリングになりレベルアップしていたのを思い起こすにつけ、キャスティングを考えて欲しかったという思いが募ります。
 ラストは、ひたすら続編を作るぞの大合唱。さらに仲間を集めるとも言っていますから、続編はさらに「アベンジャーズ」っぽくなるんでしょうね。
 こういう映画が公開初週末(日米同時公開)全米歴代7位のオープニング興収を記録(同種の「アベンジャーズ」が歴代3位、「アベンジャーズ2」が歴代4位だそうですが)してしまうのですから、当然続編が作られるのでしょうけれど、「マン・オブ・スティール」も「ダークナイト」シリーズもシリアスで重厚な世界観の作品だったはずなのに、もう少し上品にやれないものですかね。日本ではオープニング興収が同週公開の「暗殺教室 卒業編」に加えて4週目の「ドラえもん 新・のび太の日本誕生」にも及ばず3位にとどまったのはせめてもの慰めというところでしょうか。

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