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2016年2月

2016年2月28日 (日)

ザ・ブリザード

 アメリカ沿岸警備隊史上最も偉大な救出劇とされるSSペンドルトン号遭難事件を描いた映画「ブリザード」を見てきました。
 封切り2日目日曜日、新宿ピカデリースクリーン2(301席)午前10時50分の上映は3割くらいの入り。観客の多数派は、中高年男性一人客。マッチョなテーマのためか、辺野古で反基地運動・環境保護運動の弾圧の先頭に立った海上保安庁の評判が地に落ちたせいか、公開直後のディズニー映画とは信じられないほど若い女性客の姿を見ませんでした。まぁアメリカでも2016年1月末の公開で公開初週末の興収が第4位、2週目で第7位、その後はトップ10に入らずですから、日本でも不発に終わるのはやむなしというべきでしょうか。

 1952年2月、前年に漁船の遭難を救出できず8名が死んだことを後ろめたく思う沿岸警備隊員バーニー・ウェバー(クリス・パイン)は、交際中の電話交換手ミリアム(ホリデー・グレンジャー)との結婚を控えていた。タンカーの遭難事故で沿岸警備隊員の多くが出払った後、マサチューセッツ州ケープコッド沖で2つに割れて遭難した別のタンカーSSペンドルトン号が通信不能状態で漂流していることを漁師から聞いて知ったバーニーは、司令官クラフ(エリック・バナ)の命令により4名で小型の警備艇でSSペンドルトン号の救出に向かう。嵐の中をケープコッドの砂州を乗り越える途中で羅針盤を失い、乗組員から引き返そうと言われてもバーニーはSSペンドルトン号の探索を諦めず…というお話。

 ストーリーは、2つに割れて船尾部分だけで漂流するSSペンドルトン号の中で、混乱し対立する乗組員たちをまとめ、沈没までの時間を稼ぐために手動で操舵しながら浅瀬に座礁させ、ポンプで海水を排出する作業を続ける機関士シーバート(ケイシー・アフレック)の不屈の闘いと、前年の救出失敗への後悔と周囲からの非難、婚約者の思いに挟まれながら、無謀とも言える救出ミッションに挑むバーニーの不屈の闘いの2局面で展開していきます。テーマも、困難な試練に挑む2人の最後まで諦めない姿勢と、現場を理解しない上官の理不尽な命令への対応にあります。
 予告編でも「それは最も不可能な救出ミッション。迫るタイムリミット、生存者32人を、定員12人の救助艇で救え」とナレーションが入り、公式サイトでも、「それは、アメリカ沿岸警備隊史上、最も不可能な救出ミッション-生存者32人/救助艇の定員12人- 全員で生還か、それとも…。」と書かれていて、定員12人の小型警備艇(バーニーら隊員4人がすでに乗っている)で32人の生存者をどうやって救助するのかがポイントに見えます。そこからすると、SSペンドルトン号から次々と縄ばしごで降りてくる乗組員たちの間で「蜘蛛の糸」(芥川龍之介)のような展開があるのか、バーニーが何か妙案というかアクロバティックな解決策をひねり出すのかと、期待してしまいます。また港から外洋へ出る過程では大波に翻弄され四苦八苦したのですから、帰りも、一難去ってまた一難みたいな展開を予想しました。しかし、その部分は、実話に基づくという制約があるからでしょうけれども、あまりにもあっさりと地味な展開で、観客の期待を裏切っています。前半のテンションを維持できず後半息切れというか見せ場に欠けるために、興行的に失敗しているのだろうと思います。
 予告編の余計な刷り込みを排除して冷静に見れば、バーニーとシーバートの海に生きる男たちの困難な状況での不屈の闘いみたいな売り方をすれば、それなりにしみじみとした感動を与えるものとして評価できると思うのですが。

 沿岸警備隊が常駐しているような港町に灯台がないのか、停電してみんなで桟橋に行こうという人々が桟橋に着くと車のライトを消すのはなぜか(何のために桟橋に行ったの?)、それから「タイタニック」では強調されていた冬の海の冷たい海水の威力(怖さ)が微塵も描かれず、SSペンドルトン号の中での作業でも、救助艇に乗るために海に飛び込む際にも海水に浸かった乗組員たちが凍死することがないどころか凍える様子さえ見せないのはなぜ、など、小型救助艇が大波に翻弄されるこの作品の見せ場のはずのシーンがいかにもプラモデルで撮ってますと見えるのをもう少しどうにかできないのかということを除外しても、疑問が多く残りました。

 この作品、なぜディズニーなのだろうと不思議に思いました(まぁスター・ウォーズもエピソード7からディズニーが買い取ってますし、儲かるものなら何でもありなんでしょうけど)が、SSペンドルトン号の遭難場所、バーニーらが苦心惨憺して乗り越えた砂州は、マサチューセッツ州の「ケープコッド」、つまり東京ディズニーシーで(ミニーが航海に出るミッキーのために作ったテディベアの)ダッフィーが住むエリアなんですね。なるほどそういうことかと、いやあまり納得できませんが (-_-;)

2016年2月21日 (日)

クーパー家の晩餐会

 それぞれに悩みを抱えた大家族が集まって過ごすクリスマスイヴを描いたほのぼの系映画「クーパー家の晩餐会」を見てきました。
 封切り3日目日曜日、全国で14館東京で2館の上映館の1つTOHOシネマズシャンテ2(201席)午前11時10分の上映は7割くらいの入り。
 アメリカではクリスマスシーズン前の2015年11月中旬公開で、週末興収は第1週3位、第2週6位の後はベスト10から消え、クリスマスまで持たなかったもよう。日本ではクリスマスを遥かに超えて2月中旬になって14館で公開。どちらも興行の時期を間違えてるんじゃないかなと…

 30年前に果たせなかったアフリカ旅行を今こそ実現したいと言いだして妻シャーロット(ダイアン・キートン)に断られてキレ、家を出て行くと言いだしたサム(ジョン・グッドマン)に対し、シャーロットはせめて家族で過ごすクリスマスイヴまで黙っているように求めた。子どもの頃からシャーロットにねたみを感じ素直になれない妹エマ(マリサ・トメイ)はエマの名前でボランティア団体に寄付をしているというシャーロットへのプレゼントにお金を出すのが癪でブローチを万引きしてしまって見つかり、警察につき出されてしまう。シャーロット夫妻の息子ハンク(エド・ヘルムス)は、離婚した元妻アンジー(アレックス・ボースタイン)から長男チャーリー(ティモテ・シャラメ)へのプレゼントとして自転車を求められるが、実は失業して就活中のためプレゼントを買えずにいた。シャーロット夫妻の娘エレノア(オリヴィア・ワイルド)は、妻子ある医師(ジョン・テニー)と不倫中だが、母シャーロットの失望した顔を見たくなくて、空港で出会った共和党支持者の軍人ジョー(ジェイク・レイシー)に恋人のふりをして晩餐会に出席するように頼む。シャーロットの父バッキー(アラン・アーキン)は、妻の死後、気に入った若いウェイトレスのルビー(アマンダ・セイフライド)がいるレストランに5年間通い続けていた。シャーロットが一族が集う最後のクリスマスイヴと、張り切ってごちそうを用意する中、続々と一族が集まり晩餐会が始まった。ハンクとアンジーの不協和音など不穏な空気が流れる中、遅れてやってきたエマはやはりシャーロットに対して素直になれず…というお話。

 一緒にアフリカ旅行に行こうと妻を誘って断られたからといって離婚を言い出すサム、子ども(といってもすでに独立して別居しているハンクとエレノア)を置いて旅行になど行けないと断って離婚を前提に動くシャーロットの夫婦、姉へのねたみを持ち続け和解できないエマの依怙地さ加減が、そういうものかなぁという思いと、まぁそういうものかもという思いに少し苦笑いしつつ挟まれる感じがします。ハンクが失業を言い出せない、エレノアが不倫中というのを隠したい、というのはまぁそうだろうねという気持ちの方が強くなりますが。
 それぞれの依怙地さや問題を抱えながら家族が集まることでしこりが溶けて行く、予定調和的で概ね行き先の見える展開ですが、そこに温かみを感じる作品だと思います。

 バッキーのルビーへの気持ちは、老いらくの恋なのか、孫娘を見守るような心情か。
 チャーリーの思い人ローレン(モリー・ゴードン)のキスがすごい。
 エレノアの空港と病院での爆走ぶりがすごい。
 ハンクの次男のポー(マクスウェル・シムキンス)と娘マディソン(ブレイク・バウムカートナー)が、生意気な台詞もあるけど、やはりかわいい。

 ダイアン・キートンが老夫婦の妻で元教師という役柄の映画を、先週の「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」と2週続けて見ることになりました(元教師というのは、「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」では原作がそういう設定だからそうなりますが、「クーパー家の晩餐会」はオリジナル脚本で、それでもそうなるのはダイアン・キートンのイメージということなんでしょうけど)。「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」では夫役が年老いて体力が落ちたという設定のモーガン・フリーマンなのに対して、「クーパー家の晩餐会」では夫役が肥満体ということもあり、関係性が少し違って見えます。それでもさすがに続けて見ると、イメージが重なるというか、紛れてくるところがあり、「クーパー家の晩餐会」のシャーロットの意地を張り頑なな部分の演技が「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」の残像のためにぼやけて見えてしまったかなという感じもしました。

2016年2月14日 (日)

ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

 40年住んだ自宅の売却をめぐる老夫婦の思いと決断を描いたしみじみ・ほのぼの系映画「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、シネマカリテ1(96席)午前11時40分の上映は、8割くらいの入り。観客の多数派は女性2人連れとカップル、年齢層は高めでした。

 ブルックリンのマンションの最上階5階に住む老夫婦アレックス(モーガン・フリーマン)とルース(ダイアン・キートン)は、マンションにエレベーターがないため、アレックスと愛犬ドロシーの散歩の帰りの階段で、アレックスは息切れし、ドロシーも疲れてうずくまる状態で、ルースはマンションを売りに出して引っ越そうと、不動産業者の姪リリー(シンシア・ニクソン)に売却を依頼する。内覧会の前日、ドロシーの様子がおかしいので動物病院に連れて行くとCT検査が必要で費用は1000ドルと言われ、検査の結果、椎間板ヘルニアと診断され手術費用は最低でも1万ドルと言われてしまう。ブルックリンとマンハッタンを結ぶウィリアムズバーグ橋にタンクローリーが乗り捨てられ、逃走した運転手がイスラム系だったことからそれがテロリストの仕業と疑われ、テレビニュースはその報道一色になる。リリーには100万ドルで売れるかもと言われていたが、テロ騒動で不動産価格は暴落し、内覧会に訪れた客からのオファーは88万ドル止まり、アレックスは断るべきだと主張するが、ルースはアレックスを連れて新居候補の物件の内覧に行き、気に入った物件を見つけ、アレックスと話し合って110万ドルと言われた物件に93万ドルのオファーをし、それで落札してしまい…というお話。

 若い頃、40年前には、帰還兵の新人画家とヌードモデルとして出会い、全米50州のうち30州で黒人と白人の結婚が禁じられ20州で嫌悪されていた時代に結婚した、行動力溢れるカップルだった2人が、年老いてしみじみと柔らかい関係へと移行し/移行している姿が微笑ましい。モーガン・フリーマンとダイアン・キートンの交わす視線と表情がとてもいい。作品全体が「女房も畳も馴染んだのがいい」と言ってる感じがする。
 ありきたりの仲のいい夫婦の日常を描いている作品に見せながら、穏やかな表情を続けるモーガン・フリーマンが、テロリストの疑いをかけられたタンクローリー運転手が警察に投降する姿を見て、思いを馳せるシーンが印象的で、油断ならないものを感じました。
 マンションの内覧会を渡り歩く母親に連れられた少女ゾーイ(スターリング・ジェリンズ)がおしゃまでかわいい (^^ゞ

 犬のCT検査が1000ドル(約11万円)、椎間板ヘルニア手術が1万ドル(約110万円)というのがすごい。日本でもCT検査数万円、椎間板ヘルニア手術20~30万円くらいするみたいですが、健康保険効かない(ペット用の民間の医療保険はあるようですが)から人間よりずっと高い。愛犬にはそれくらいかけるんですかねぇ。

2016年2月11日 (木)

オデッセイ

 火星に置き去りにされた宇宙飛行士のサバイバルを描いた映画「オデッセイ」を見てきました。
 封切り7日目木曜日祝日、新宿ピカデリースクリーン1(580席)午前9時の上映は8割くらいの入り。

 火星での調査活動中に嵐が直撃し、飛ばされて宇宙服が破損した状態で行方不明となったマーク・ワトニー(マット・デイモン)を残して調査隊は火星を去り地球への帰路についた。命からがらベースにたどり着いたマークは、刺さっていた金属片を摘出して応急処置をし、酸素も水も食糧も乏しく通信手段はなく次の火星探査は4年後という状況で、ビデオ録画装置に遺言となるかも知れない記録を残しながら、ベース内に畑を作り人糞を撒き水素と酸素から水を作ってジャガイモを植える。NASAは、マークの死亡を発表していたが、火星の軌道上の人工衛星写真でソーラーパネルが移動していることからマークの生存に気がつき、救出作戦の可能性を議論し始め・・・というお話。

 宇宙空間を舞台としたSFではありますが、絶望的な状況に陥ったマークが、絶望的な事態を冷静に認識しつつ、自暴自棄にならずに、可能なことにチャレンジを続け、一つずつ足がかりを見つけて行くという姿がテーマとなっていて、様々なシチュエーションに当てはまりうるお話になっています。広大な宇宙空間、想像を絶するレベルのハードルの高さが、そういった冷静で強靱な意志を、説教臭くならずに感動的に描く手助けとなっているように思えます。

 水がないと言って酸素と水素と火で水を合成するのですが、水よりも酸素はさらに乏しいはずで、むしろ地下水をくみ上げてそれを分解して酸素を作っているのかと思っていたので、じゃあその酸素はどうやって確保してるのかと思ってしまいました。火星の大気の主成分の二酸化炭素から酸素を作っているという設定なのでしょうか。それができる装置が開発されているという設定なら、当然水を合成する装置も開発されていると思うのですが。
 そして、ジャガイモの栽培に成功しても、他の食糧がない中でジャガイモだけで生き延びられるものでしょうか。例えば塩もなくても…

 原題は " The Martian " で、火星の人。邦題の「オデッセイ」は、ギリシャ語の長い冒険で、まぁ意味は取れますが、しかし「オデッセイ」と言われると、ホメロスの叙事詩をイメージしてしまいますので、ちょっとどうかなと思います。

 サバイバル映画ということで、エンディングのテーマで、 " I will survive " (邦題は「恋のサバイバル」)が流れます。1978年のヒット曲で、その年に大学入学の私には懐かしくなじみのある曲ですが、制作者も同年代なのでしょうか。マークが火星で聴く曲が、同僚が残していったコレクションのディスコミュージックばかりなのは、ここに落ちを付けたい制作者の布石だったのかとも思えますが。

2016年2月 7日 (日)

サウルの息子

 アウシュビッツで死体処理係を務めるユダヤ人を描いた映画「サウルの息子」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、全国で2館の上映館の1つシネマカリテ2(78席)午前9時50分の上映は8割くらいの入り。

 1944年、アウシュビッツ収容所でゾンダーコマンド(収容所の雑役等をさせるために選抜されたユダヤ人:数か月担当すると抹殺される)として死体処理係を務めるハンガリー系ユダヤ人のサウル(ルーリグ・ゲーザ)は、ある日、ガス室で生き残った少年を見て、自分が妻以外の女性に産ませた息子だと思った。少年はその場で殺害されるが、サウルは息子をユダヤ教の作法で弔いたいと考え、収容所のユダヤ人医師に遺体を解剖しないように頼み、ラビを探し始めた。一方で、ゾンダーコマンドの間で収容所脱出計画が進み、サウルも声をかけられるが…というお話。

 数か月の延命のために同胞の死体処理に従事するという選択、息子を生かす/脱出させるためではなく死んでしまった者をただ尊厳をもって弔いたいという目的で奔走する姿、絶望的な状況の中でのしがみつくような懸命さに暗澹たる思いを持ちます。
 必ずしも説明的でない映像で、スクリーンが小さく字幕が読みにくかったこともあり、細部はよくわからないところが多かったのですが、終盤のサウルが自分自身が収容所から脱出して生き延びる可能性を見ながらなお息子とおぼしき遺体の埋葬にこだわる姿には割り切れないものを感じました。
 2015年のカンヌ国際映画祭の審査員特別賞(グランプリ)受賞作で、陰鬱さ、細部のわかりにくさ、カタルシスの不足なども含めてカンヌらしい作品です。最初の3週間は東京の2館のみで上映してその後地方で順次上映するようですが、日本でどの程度支持されるでしょうか。

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