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2016年1月11日 (月)

ブリッジ・オブ・スパイ

 冷戦下でソ連のスパイの弁護と、ソ連とのスパイ交換交渉を任された弁護士を描いた映画「ブリッジ・オブ・スパイ」を見てきました。
 封切り3日目月曜日祝日、新宿ピカデリースクリーン3(287席)午後0時20分の上映はほぼ満席。
 映画業界あげてのスター・ウォーズ祭りに飽きた/興味がない大人向けの作品ですね。

 1957年、ソ連のスパイとして逮捕されたルドルフ・アベル(マーク・ライランス)の弁護人に弁護士協会から推薦された保険専門弁護士のジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)は、事務所からも判事からも裁判はアメリカの公正さを示す形式的なものに過ぎないから本気になるなと釘を刺されながら、様々な申立をし、全て判事に却下され、アベルは全ての訴因について有罪とされたが、ドノヴァンが判事にアベルを生かしておけばアメリカのスパイがソ連に捕まったとき交換できるがドノヴァンを死刑にしたらアメリカは切り札を失うと囁き、死刑確実と見られていたアベルは懲役30年とされた。1960年にソ連領空を超高空から偵察撮影していたU2機が撃墜され、パイロットのパワーズ(オースティン・ストウェル)が捕虜となった。CIAは、ドノヴァンに、非公式にアベルとパワーズの捕虜交換の交渉を依頼し、ドノヴァンは東ドイツ政府が壁を築いて封鎖に取りかかった東ベルリンのソ連大使館にアベルの妻の代理人だと称する弁護士ヴォーゲル(セバスチャン・コッホ)を訪ねるが、ヴォーゲルはおらず、ソ連の2等書記官と称する人物がドノヴァンと話を始め…というお話。

 同業者としては、弁護士の仕事の性質、あり方、宿命について、いろいろと思いを致し、考えさせられ、ドノヴァンの行動について共感しつつ、業界外の人に理解して欲しいと思い、でもなかなか理解されないよねと感じてしまう、そういう作品です。
 序盤のアベルの弁護。地元の弁護士協会の推薦(日本でいえば、いわゆる「特別案件」(弁護士がなかなか選任できない著名事件)での国選弁護人の選任みたいなものでしょう、たぶん)と事務所の共同経営者からの提示と、外堀を埋められての依頼。弁護士の誰かがやらなくてはならない事件で、しかしなぜ自分が?と思いつつ、やらざるを得ないかなぁと思ってしまう、弁護士の(いや、良心的な弁護士の)宿命というか、職人気質というか、性(さが)というか…極悪人の弁護をなぜと、周囲から非難され、家族からさえ迷惑なという視線にさらされながら、それでもときには受けてしまう哀しさ。そういう依頼を受けてしまったことがある者として、身につまされます (T_T)
 形式的に弁護人を付けただけだと言われ、本気になるなと言われても、受けた以上はできる限りのことをしようとしてしまうのも、やはり弁護士としての性だと思います。私の経験では、例えば、かつて銀行が植物状態の借り主に対して起こした裁判で、裁判所から被告(借り主)の特別代理人に選任されたことがあります。私は、そういうのあまり好きじゃないので受けていなかったのですが、二弁の法律相談センターの事務局から頼まれて受けました(こういう仕事を弁護士会の委員会がらみで受けるのを「利権だ」と言いたがる人がいて、私には理解しがたいのですが、そういうこともあって、近年そういう依頼はまったく受けていませんし、自分が二弁の法律相談センターの委員長になったとき以来弁護士会の法律相談センターの相談担当は全部辞退しています)。本人が話ができませんから、事実関係は、実際のところまったくわかりません。ですから私は借り主の側で理論的に考え得るありとあらゆることを主張し、徹底的に抵抗しました。特別代理人の報酬(まぁ国選弁護人並みの低報酬ですが)は、原告が裁判費用として支出します。原告側からは、お前誰から報酬もらうんだという嫌みも聞こえてきます(直接は裁判所からもらうんですし、別に報酬が欲しくて受けた事件でもないし、あれこれ言われるほどの額支払われないんですが)。でも、弁護士として、受けた以上は、しかも本人が話ができない以上、事実かどうかわからないのに貸し主の主張を受け入れるわけには行かないと思うんです。
 そして後半の、この作品の見せ場である、捕虜交換の交渉です。ここはもうネタバレ前提で書きます。東ドイツ側の恫喝とパワーズさえ取り戻せばよく一学生のプライヤー(ウィル・ロジャース)などどうでもいいCIAのホフマン(スコット・シェパード)の制止を振り切って、アベルとパワーズ、プライヤーの1対2交換を主張し続けるドノヴァンの交渉態度に、弁護士として、そうだそうだと思いながらしびれると同時に、視野の狭い小心でせっかちな「依頼者」の存在がどれだけ弁護士の足を引っ張るかを再認識します。こういうこと、業界外の人間はわからないんだろうなぁ…
 ドノヴァンの交渉態度は、傍目には単純な正義感とはったりに見えるかも知れません。もちろん、そういう側面もあるとは思いますが、私には、この状況の下では合理的なものと見えました。交渉は、双方の置かれた状態、利害得失の読みにかかっています。このときのドノヴァンにとっては、先にソ連との間でパワーズとアベルの交換の合意ができたこと、その後に東ドイツ(の役人)がソ連と二股かけたと癇癪を起こしたときもソ連からはパワーズとの交換を撤回する動きがなかったということが大きな意味を持っています。つまり、ソ連はパワーズとアベルの交換を希望しており、これを壊す意図はないわけです。もちろん、東ドイツの態度がソ連と意を通じての陽動ということはあり得ますが、そうだとしてもソ連側も一緒になってパワーズの交換はやめると言ってこないのは、ソ連もドノヴァンの態度を見ている/試しているし、その際にパワーズとアベルの交換合意を潰すリスクを冒したくないと思っている証拠です。とすると、東ドイツ側の突っ張る動機はうまくドノヴァンを恫喝してアベルとプライヤーの交換に持ち込めればソ連に褒められる/貸しを作れるというレベルの功名心であるのに対して、この交渉が決裂したときには東ドイツの担当者は余計なことをしてソ連の利益に反したと叱られる(実際には処刑かシベリア送りか…)というリスクを負っているわけです。他方、ドノヴァンの側の「依頼者」であるCIA(ホフマン)にもプライヤーにこだわってパワーズを取り戻せなければ大きな失点になるという焦りがあり、ドノヴァンに対して圧力をかけてくるわけで、もしCIAが正式の依頼者ならドノヴァンにとってはそれが大きな足枷となるのですが、ここでCIAは公式には何も依頼しておらず、対外的にはアメリカとソ連の交渉は「ない」ことになっているのですから、ドノヴァンを解任して直接交渉するわけには行きません。ドノヴァンは、これらの状況を比較検討して、この交渉が壊れたときに一番困るのは東ドイツの担当者だと読んで、突っ張ればいずれ東ドイツの担当者が折れる(ソ連が圧力をかける)と自信を持って交渉したはずです。もちろん、こういう「読み」は持っている情報の正確さ、情報量に依存しますから、読みが外れることはありますが、こういった大局的な読みがありその読みに自信が持てた上での強気の態度と、そういう読みもない/できない根拠のないはったりとは、全然違います。一般の人にも、そういうところを見て欲しいなと思います(素人さんの、しかも当事者が、自分もそういう「読み」ができていると勘違いして弁護士に見当外れの注文をしてくると、最悪ですけど)。

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» 冷戦の怖さ溢れてスピルバーグ 「ブリッジ・オブ・スパイ」映画なり [千恵子@詠む...]
「ブリッジ・オブ・スパイ」 上記の下線は、伊東良徳弁護士ブログ「伊東良徳の映画な週末」に飛ぶね。 スピルバーグの趣旨とは無関係に、「米国、なんてひどい国だ」と怒った。核戦争の恐怖が支配する米ソの冷戦下の1950年代後半、冷戦下の米国は、ソ連の核ミサイル...... [続きを読む]

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