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2016年1月31日 (日)

ブラック・スキャンダル

 FBIとギャングの癒着を描いた映画「ブラック・スキャンダル」を見てきました。
 封切り2日目日曜日、新宿ピカデリースクリーン3(287席)午前11時05分の上映はほぼ満席。

 1975年、ボストン南部の「サウシー」を縄張りとするギャングジミー・バルジャー(ジョニー・デップ)に、幼なじみのFBI捜査官ジョン・コノリー(ジョエル・エドガートン)がイタリア・マフィア壊滅のために情報提供者となることを持ちかけた。ジミーは抗争中の敵を壊滅させて自らがのし上がるためのビジネスとして密約を受け入れることにして、腹心の部下スティーブン・フレミ(ロリー・コクレイン)にだけそのことを打ち明ける。ジミーは、現実には意味のある情報は提供せず、FBIのお目こぼしを受けコノリーから密告者の情報を得ては殺害し、犯罪を重ねても検挙されることなくのし上がっていく。コノリーから最後通告を突きつけられてジミーはイタリア・マフィアの本部の情報を与え、それがイタリア・マフィアの逮捕につながりコノリーはFBIでの地位を固め、ジミーを逮捕・排除しようとする意見を退けていく。ジミーは、フロリダでの利権を拡大するために意に沿わない経営者を白昼殺害するなど、大胆な犯行を重ね…というお話。

 事件としては、FBIのギャングとの癒着で、FBI内部の葛藤とかが中心になりそうなものですが、この作品では、それも描かれてはいるのですが、ジミー・バルジャーのギャングとしての犯行を重ねる様子と、私生活での愛人や息子、母や近隣の老婆に接する様子が中心となっています。
 ジミーの、邪魔な者、自分の逮捕につながりかねない者は躊躇なく殺して埋める身勝手さ、冷酷さが、強烈に印象づけられます。これまでの作品でのおちゃらけたジョニー・デップからは想像できない残忍な姿、名演と言ってよいでしょう。他方で、息子や母に対して見せる優しさ、息子や母に先立たれた孤独・悲哀感も強調されています。犯罪者としての冷酷さと、愛する者への優しさが両立するのは、人間として当然だと、私は思いますが、えてして犯罪者はおしなべて人非人で一般人とは別種の存在と描きたがるマスメディアと重罰主義者たちに見せるには意味があるのかも知れません。
 出世のために、またジミーへのある種の憧れから、道を踏み外して行くFBI捜査官ジョン・コノリーの姿には、ジミーへのめり込んで行くほどに反感を示す妻マリアン(ジョリアンヌ・ニコルソン)との関係が哀れを誘います。妻との関係を悪化させても進むべき道だったのか…

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