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2016年1月

2016年1月31日 (日)

ブラック・スキャンダル

 FBIとギャングの癒着を描いた映画「ブラック・スキャンダル」を見てきました。
 封切り2日目日曜日、新宿ピカデリースクリーン3(287席)午前11時05分の上映はほぼ満席。

 1975年、ボストン南部の「サウシー」を縄張りとするギャングジミー・バルジャー(ジョニー・デップ)に、幼なじみのFBI捜査官ジョン・コノリー(ジョエル・エドガートン)がイタリア・マフィア壊滅のために情報提供者となることを持ちかけた。ジミーは抗争中の敵を壊滅させて自らがのし上がるためのビジネスとして密約を受け入れることにして、腹心の部下スティーブン・フレミ(ロリー・コクレイン)にだけそのことを打ち明ける。ジミーは、現実には意味のある情報は提供せず、FBIのお目こぼしを受けコノリーから密告者の情報を得ては殺害し、犯罪を重ねても検挙されることなくのし上がっていく。コノリーから最後通告を突きつけられてジミーはイタリア・マフィアの本部の情報を与え、それがイタリア・マフィアの逮捕につながりコノリーはFBIでの地位を固め、ジミーを逮捕・排除しようとする意見を退けていく。ジミーは、フロリダでの利権を拡大するために意に沿わない経営者を白昼殺害するなど、大胆な犯行を重ね…というお話。

 事件としては、FBIのギャングとの癒着で、FBI内部の葛藤とかが中心になりそうなものですが、この作品では、それも描かれてはいるのですが、ジミー・バルジャーのギャングとしての犯行を重ねる様子と、私生活での愛人や息子、母や近隣の老婆に接する様子が中心となっています。
 ジミーの、邪魔な者、自分の逮捕につながりかねない者は躊躇なく殺して埋める身勝手さ、冷酷さが、強烈に印象づけられます。これまでの作品でのおちゃらけたジョニー・デップからは想像できない残忍な姿、名演と言ってよいでしょう。他方で、息子や母に対して見せる優しさ、息子や母に先立たれた孤独・悲哀感も強調されています。犯罪者としての冷酷さと、愛する者への優しさが両立するのは、人間として当然だと、私は思いますが、えてして犯罪者はおしなべて人非人で一般人とは別種の存在と描きたがるマスメディアと重罰主義者たちに見せるには意味があるのかも知れません。
 出世のために、またジミーへのある種の憧れから、道を踏み外して行くFBI捜査官ジョン・コノリーの姿には、ジミーへのめり込んで行くほどに反感を示す妻マリアン(ジョリアンヌ・ニコルソン)との関係が哀れを誘います。妻との関係を悪化させても進むべき道だったのか…

2016年1月24日 (日)

母と暮らせば

 原爆で死んだ医学生の霊と母の対話を通じ戦争で自らのまた家族の命を奪われることの悲しみと不条理を描いた映画「母と暮らせば」を見てきました。
 封切り7週目日曜日、フィルム上映を続ける丸の内ピカデリー2(586席)午前10時30分の上映は5割くらいの入り。

 長崎の原爆で長崎医科大学で授業を受けていた医学生福原浩二(二宮和也)が死んで3年、諦めきれずに長崎医科大学生が立ち寄りそうな場所を探し続けた母福原伸子(吉永小百合)は、頻繁に伸子を訪れ何くれと支えてくれる浩二の恋人町子(黒木華)に、もう浩二のことは諦めた、町子も自分の将来のことを考えてくれと伝えるが、町子は一生結婚はしないと答える。そこへ、母さんが諦めが悪いから現れられなかったと言って、浩二の霊が伸子の前に現れ、思い出話をし、町子の様子を気にかけ、町子と一緒になれない運命を悲嘆するが…というお話。

 戦争がなければ生き長らえ幸せな生活を送ったであろう息子と、その姿を見ることができず自らも衰弱して行く母の様子を通じて、庶民が戦争で受ける被害、戦争の不条理が描かれます。戦争による死をいったんは宿命と受け入れようとする息子を、これは地震や津波と違う、人間がしたことやからとたしなめる母/吉永小百合の言葉は、核兵器とともに、人々の安寧な暮らしとは共存できない原発への反対を明言する女優吉永小百合の近年の姿勢と覚悟を示しています。
 母の身体を気遣い医学生となった浩二に、医学生なら招集されないだろうし招集されても軍医は戦死することはないだろうと思っていたのに無駄だったと語らせ、後に闇物資の購入をやめて衰弱死する伸子にも、上海のおじさん(加藤健一)の好意で闇物資を安く買わせてもらって生活ができているとか、死んだのが町子だったらよかったのにと口走らせた上で、それを後悔し自分は悪い女と自分を責める姿を描くことで、誰でも手を染め心の内に持つ小さな悪にも良心の呵責を持つ実直な市井の民の悲しみと哀れを感じさせます。

2016年1月17日 (日)

恋人たち

 当たり前だった日常の喪失とその後を生きる姿を描いた映画「恋人たち」を見てきました。
 封切り10週目2015年キネマ旬報ベストテン(日本映画1位)発表後2度目の日曜日、メイン上映館テアトル新宿(218席)午後2時50分の上映は6~7割の入り。

 3年前、新婚の妻を通り魔殺人で喪い、失意に沈みつつ橋梁点検を細々と続け、国民健康保険料を十数か月滞納して心療内科医に保険料払えばと言われ役所の窓口でも責められ、落ち込み、憤る篠塚アツシ(篠原篤)。姑と心通わぬ夫とともに暮らしながら、皇族の追っかけと密かに書き綴る小説を心の支えに弁当屋で働く高橋瞳子(成嶋瞳子)。大手弁護士事務所から独立するところで階段から転落して右脚を骨折したゲイの弁護士四ノ宮(池田良)。アツシは通り魔犯人が刑事裁判で心神耗弱とされて医療観察処分となったことをニュースで知り、犯人を殺してやりたい、せめて損害賠償請求をと、仕事先の親方(黒田大輔)に給料の前借りを求め、以前の相談時に損害賠償請求はできると答えた四ノ宮の事務所を訪れ、四ノ宮は入院中に見舞いに来た学生時代からの友人聡(山中聡)と妻に同居中のゲイパートナーを紹介したところから聡の態度もよそよそしくなってショックを受け、瞳子は勤務先の出入り業者藤田(光石研)と親しくなりニワトリの平飼への出資を求められ…というお話。

 アツシと瞳子、四ノ宮の3者を中心とする群像劇ですが、構成上もアツシの独白(妻と結婚を決めたときの幸福感)に始まり、アツシの台詞で終わるように、アツシの妻を奪われた喪失感が中心となっています。次いで比重が置かれるのは、瞳子の澱のようによどんだつまらない日常から、新たに登場した瞳子と瞳子の小説に関心を示した男との不倫、新たな世界への出発のときめき、しかしその男がどうしようもない男で、その男の話が投資詐欺めいたものと失望したときの、これまで価値のないものと見えた日常生活の喪失感です。そして、3者のうち、添え物的な印象がある四ノ宮も、入院が続くうちに同居していたゲイパートナーの心が離れ、加えて長年の友人にして四ノ宮が実は思いを寄せていた聡をも失うという喪失感を味わいます。
 こうした当たり前に持っていた日常生活からかけがえのないものを失った喪失感と、それでも人生は、生活は続いて行かざるを得ないことへの対処と心のありようがテーマとなっています。

 弁護士の立場から、アツシの経験には疑問を持ちます。
 アツシは、「1時間5万円の弁護士」を始め5人の弁護士に相談し、最後の四ノ宮だけが損害賠償請求ができると答えたと言います。加害者に資産がないことが見込まれ現実には支払を受けられないということは十分に予想できますが、アツシの場合、金銭の支払を受けること自体よりも損害賠償責任があることを判決で明らかにしたいということだろうと思います。それに殺人罪で刑事裁判になっているのですから、刑事事件に合わせて損害賠償命令の申立をすれば刑事事件の手続に引き続いて裁判が行われて被害者側の立証も軽減されますので、躊躇することもなく、さっさと申し立てればすむことだと思います。そして、アツシは国民健康保険料も滞納するくらい生活に困っているのですから、司法支援センター(法テラス)の代理援助(弁護士費用立替)を利用できるはずです。「1時間5万円」の弁護士のところへ行く必要などありません(「1時間5万円」という弁護士は企業相手の大事務所以外には考えられませんので、普通に考えてもそもそも個人が相談に行かないと思いますし)。普通に行けば、司法支援センターに相談して、代理援助で弁護士を付けて損害賠償命令申立という形で手続に乗る(ただし、最初に言ったように、加害者に資産がなく結果的に支払を受けられないということは十分にありうる)と思います。司法支援センター(法テラス)も含めて、まだまだ弁護士や司法制度に関する情報は、きちんと知られていないということでしょうか。

2016年1月11日 (月)

ブリッジ・オブ・スパイ

 冷戦下でソ連のスパイの弁護と、ソ連とのスパイ交換交渉を任された弁護士を描いた映画「ブリッジ・オブ・スパイ」を見てきました。
 封切り3日目月曜日祝日、新宿ピカデリースクリーン3(287席)午後0時20分の上映はほぼ満席。
 映画業界あげてのスター・ウォーズ祭りに飽きた/興味がない大人向けの作品ですね。

 1957年、ソ連のスパイとして逮捕されたルドルフ・アベル(マーク・ライランス)の弁護人に弁護士協会から推薦された保険専門弁護士のジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)は、事務所からも判事からも裁判はアメリカの公正さを示す形式的なものに過ぎないから本気になるなと釘を刺されながら、様々な申立をし、全て判事に却下され、アベルは全ての訴因について有罪とされたが、ドノヴァンが判事にアベルを生かしておけばアメリカのスパイがソ連に捕まったとき交換できるがドノヴァンを死刑にしたらアメリカは切り札を失うと囁き、死刑確実と見られていたアベルは懲役30年とされた。1960年にソ連領空を超高空から偵察撮影していたU2機が撃墜され、パイロットのパワーズ(オースティン・ストウェル)が捕虜となった。CIAは、ドノヴァンに、非公式にアベルとパワーズの捕虜交換の交渉を依頼し、ドノヴァンは東ドイツ政府が壁を築いて封鎖に取りかかった東ベルリンのソ連大使館にアベルの妻の代理人だと称する弁護士ヴォーゲル(セバスチャン・コッホ)を訪ねるが、ヴォーゲルはおらず、ソ連の2等書記官と称する人物がドノヴァンと話を始め…というお話。

 同業者としては、弁護士の仕事の性質、あり方、宿命について、いろいろと思いを致し、考えさせられ、ドノヴァンの行動について共感しつつ、業界外の人に理解して欲しいと思い、でもなかなか理解されないよねと感じてしまう、そういう作品です。
 序盤のアベルの弁護。地元の弁護士協会の推薦(日本でいえば、いわゆる「特別案件」(弁護士がなかなか選任できない著名事件)での国選弁護人の選任みたいなものでしょう、たぶん)と事務所の共同経営者からの提示と、外堀を埋められての依頼。弁護士の誰かがやらなくてはならない事件で、しかしなぜ自分が?と思いつつ、やらざるを得ないかなぁと思ってしまう、弁護士の(いや、良心的な弁護士の)宿命というか、職人気質というか、性(さが)というか…極悪人の弁護をなぜと、周囲から非難され、家族からさえ迷惑なという視線にさらされながら、それでもときには受けてしまう哀しさ。そういう依頼を受けてしまったことがある者として、身につまされます (T_T)
 形式的に弁護人を付けただけだと言われ、本気になるなと言われても、受けた以上はできる限りのことをしようとしてしまうのも、やはり弁護士としての性だと思います。私の経験では、例えば、かつて銀行が植物状態の借り主に対して起こした裁判で、裁判所から被告(借り主)の特別代理人に選任されたことがあります。私は、そういうのあまり好きじゃないので受けていなかったのですが、二弁の法律相談センターの事務局から頼まれて受けました(こういう仕事を弁護士会の委員会がらみで受けるのを「利権だ」と言いたがる人がいて、私には理解しがたいのですが、そういうこともあって、近年そういう依頼はまったく受けていませんし、自分が二弁の法律相談センターの委員長になったとき以来弁護士会の法律相談センターの相談担当は全部辞退しています)。本人が話ができませんから、事実関係は、実際のところまったくわかりません。ですから私は借り主の側で理論的に考え得るありとあらゆることを主張し、徹底的に抵抗しました。特別代理人の報酬(まぁ国選弁護人並みの低報酬ですが)は、原告が裁判費用として支出します。原告側からは、お前誰から報酬もらうんだという嫌みも聞こえてきます(直接は裁判所からもらうんですし、別に報酬が欲しくて受けた事件でもないし、あれこれ言われるほどの額支払われないんですが)。でも、弁護士として、受けた以上は、しかも本人が話ができない以上、事実かどうかわからないのに貸し主の主張を受け入れるわけには行かないと思うんです。
 そして後半の、この作品の見せ場である、捕虜交換の交渉です。ここはもうネタバレ前提で書きます。東ドイツ側の恫喝とパワーズさえ取り戻せばよく一学生のプライヤー(ウィル・ロジャース)などどうでもいいCIAのホフマン(スコット・シェパード)の制止を振り切って、アベルとパワーズ、プライヤーの1対2交換を主張し続けるドノヴァンの交渉態度に、弁護士として、そうだそうだと思いながらしびれると同時に、視野の狭い小心でせっかちな「依頼者」の存在がどれだけ弁護士の足を引っ張るかを再認識します。こういうこと、業界外の人間はわからないんだろうなぁ…
 ドノヴァンの交渉態度は、傍目には単純な正義感とはったりに見えるかも知れません。もちろん、そういう側面もあるとは思いますが、私には、この状況の下では合理的なものと見えました。交渉は、双方の置かれた状態、利害得失の読みにかかっています。このときのドノヴァンにとっては、先にソ連との間でパワーズとアベルの交換の合意ができたこと、その後に東ドイツ(の役人)がソ連と二股かけたと癇癪を起こしたときもソ連からはパワーズとの交換を撤回する動きがなかったということが大きな意味を持っています。つまり、ソ連はパワーズとアベルの交換を希望しており、これを壊す意図はないわけです。もちろん、東ドイツの態度がソ連と意を通じての陽動ということはあり得ますが、そうだとしてもソ連側も一緒になってパワーズの交換はやめると言ってこないのは、ソ連もドノヴァンの態度を見ている/試しているし、その際にパワーズとアベルの交換合意を潰すリスクを冒したくないと思っている証拠です。とすると、東ドイツ側の突っ張る動機はうまくドノヴァンを恫喝してアベルとプライヤーの交換に持ち込めればソ連に褒められる/貸しを作れるというレベルの功名心であるのに対して、この交渉が決裂したときには東ドイツの担当者は余計なことをしてソ連の利益に反したと叱られる(実際には処刑かシベリア送りか…)というリスクを負っているわけです。他方、ドノヴァンの側の「依頼者」であるCIA(ホフマン)にもプライヤーにこだわってパワーズを取り戻せなければ大きな失点になるという焦りがあり、ドノヴァンに対して圧力をかけてくるわけで、もしCIAが正式の依頼者ならドノヴァンにとってはそれが大きな足枷となるのですが、ここでCIAは公式には何も依頼しておらず、対外的にはアメリカとソ連の交渉は「ない」ことになっているのですから、ドノヴァンを解任して直接交渉するわけには行きません。ドノヴァンは、これらの状況を比較検討して、この交渉が壊れたときに一番困るのは東ドイツの担当者だと読んで、突っ張ればいずれ東ドイツの担当者が折れる(ソ連が圧力をかける)と自信を持って交渉したはずです。もちろん、こういう「読み」は持っている情報の正確さ、情報量に依存しますから、読みが外れることはありますが、こういった大局的な読みがありその読みに自信が持てた上での強気の態度と、そういう読みもない/できない根拠のないはったりとは、全然違います。一般の人にも、そういうところを見て欲しいなと思います(素人さんの、しかも当事者が、自分もそういう「読み」ができていると勘違いして弁護士に見当外れの注文をしてくると、最悪ですけど)。

2016年1月10日 (日)

はなちゃんのみそ汁

 癌と闘いながら娘に食べることの大切さを教えた母とその家族の姿を描いた映画「はなちゃんのみそ汁」を見てきました。
 封切り4週目日曜日、メイン上映館テアトル新宿午前11時の上映は2割くらいの入り。観客の年齢層は高め。

 声楽科の学生時代に知り合ったバツイチの新聞記者安武信吾(滝藤賢一)と交際していた松永千恵(広末涼子)は、左胸に悪性腫瘍が見つかり、乳房全摘手術を受け医師から子供は諦めるよう宣告された。信吾は孫が欲しい両親の反対を押し切って千恵と結婚し、妊娠した千恵は、出産で女性ホルモン分泌が活発すると癌の再発リスクが高まるという医師の説明から出産を躊躇したが、膠原病治療を続けてきた父(平泉成)からお前が死んでも産めと言われ、妊娠を聞いて喜ぶ信吾の様子も見て出産を決意する。生まれてきた娘(赤松えみな)ははなと名付けられ、すくすくと育つが、千恵の癌が再発する。千恵は、4歳のはなに、食べることの大切さを説き、ちゃんと食べるためにちゃんと作ることが必要として、これから毎日はなが味噌汁を作ると約束させる…というお話。

 余命が少ないと知った親が子に何を残すか/託すか、まだ幼い子が自分が死んだ後どうやって生きるかを思うとそれだけで涙ぐむテーマではありますが、考えさせられます。
 そこでこの作品では/原作となった実話の母は、子どもが自活する能力とその考えを育むべく、炊事とその他の家事能力を付けさせることを選択したというわけです。
 それはそれでいいとはいえますし、本人が自分の結婚、出産、子どもの成長を前向きに捉えているだけに、微笑ましくもあり、美談でもあります。
 しかし、4歳とか5歳の娘に炊事等の家事を教え込むという選択は、もしその子が息子であったとしてもそうしたのでしょうけれども、映画作品となると、なんだか女の子だから炊事の能力が必要だと言っているのではないかと感じます。父親は俺がやると口ではいいながら炊事らしきシーンは母親が死んだ後で味噌汁をついでいるくらいで母の生前は出てこないし、4歳の娘が調理している間黙って座って待ってるだけというシーンもあり、それはそれで自分でやった方が早いけど手を出したら娘が覚えないから我慢していると見るべきなのでしょうけれども、また、はなちゃんがあまりにもけなげにまっすぐに育ち嫌がっているふうがほとんど見えないので鼻につきにくくはなっていますが、それでもどうも家事は女性がやるものだという匂いがしてならない。
 そして、癌の再発リスクが高まるから「産めない」と言っている千恵に、父親が「お前が死んでもいいから産め」という、信吾は千恵の前で妊娠に浮かれはしゃぎエコーで見る胎児に赤ちゃん、赤ちゃんと愛おしそうにつぶやき続ける、医師も「産んでみたらどうか、あなたと同じ病気で出産できない人はたくさんいる、あなたが産んだら多くの人が希望を持てる」と出産を勧めるというのはいかがなものか。本人が産みたいと言っているときに、それを理解し励ますのはわかるし、いいと思う。しかし、本人が癌の再発リスクが高まると言って「産めない」と言うのに、まわりが寄ってたかって産めというのは、女は子どもを産む機械だとか言った政治家レベルの感覚ではないか。せめて身内は、千恵の命が、千恵の身体が一番大切だ、それを第一に考えようと言えないのか、実話ベースではどうだったかわからないし現実にはいろいろなやりとりや事情があると思いますが、映画作品としてこういう設定で行くことには、私はちょっと唖然としました。本人が振り返って「私はついていた」と前向きな言葉を残しているからそれを錦の御旗にしている感じですが、こういうことが一般化されると怖いなぁと思います。

 福岡が舞台の作品で、博多湾(海の中道-志賀島)を遠くに望む百道一帯の住宅・ビル街や大濠公園の風景が繰り返し写ります。30年あまり前の実務修習期間1年4か月をそのあたりで過ごした私とそのあたり出身のカミさんは、その映像だけでもなんか懐かしく得した気持ちで見ていました。

2016年1月 3日 (日)

マイ・ファニー・レディ

 コールガールからハリウッドスターに上り詰めた女優の回顧のスタイルをとるコメディ映画「マイ・ファニー・レディ」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、全国23館東京4館の上映館の1つヒューマントラストシネマ有楽町シアター1(162席)午後0時05分の上映は、2割くらいの入り。

 ハリウッドスターのイジー(イモージェン・ブーツ)は、インタビューを受け、コールガールとして呼ばれた客からこの仕事を辞めると誓えば3万ドルをあげると言われ人生が転換したことを語った。その頃グローの源氏名でコールガールをしていたイジーことイザベラ・パターソンは、ニューヨークの高級ホテルバーニーズに宿泊する演出家アーノルド(オーウェン・ウィルソン)から、セックスの後に、本当は何をしたいかと聞かれて、女優になりたいと答えたところ、この仕事を辞めると誓うなら3万ドルをあげると言われ、コールガールを辞めてオーディションを受けた。イジーが現れたことに驚いたアーノルドは、イジーを追い返そうとするが、イジーがアーノルドの部屋を訪れるのを見ていた主演男優のセス(リス・エバンス)はアーノルドの妻で主演女優のデルタ(キャスリン・ハーン)に言い寄りながらイジーの演技を褒め、脚本家のジョシュ(ウィル・フォーテ)はイジーを気に入って夕食に誘い、デルタもイジーの演技を気に入って、イジーのブロードウェイデビューが決まる。その間にもアーノルドが過去にイジーと同様にセックスした上で3万ドルをあげた女性が現れてアーノルドに感謝の意を示してデルタが逆上し、セスの誘いに乗ってバーニーズを訪れるが、激怒するデルタにイジーのことが発覚すると火に油を注ぐことになるのでそれを阻止したくてアーノルドはバーニーズの部屋にイジーを呼び、イジーのことが忘れられない客の判事(オースティン・ペンドルトン)はイジーが所属していたクラブの経営者ビッキーにイジーにそっくりのコールガールをバーニーズの部屋に派遣するよう要請し…というお話。

 基本的に人間関係の複雑さと狭さから来る「偶発性」事故の連鎖をネタにしたコメディで、オーディションでの一幕、ジョシュがイジーを誘ったイタリアンレストラン、バーニーズでの鉢合わせが見せ場になっています。
 全体の展開は、ハリウッドスターになっているイジーが回顧するという設定ですので、どうなるんだろうというわくわく感というか、想像が膨らみにくい。インタビューに答えるイモージェン・ブーツの表情に魅せられるところはありますが、映画としては、インタビュー形式をやめて、時系列で見せた方がよかったと、私は思う。
 アーノルドとセスの手当たり次第感を、男の性/男ってどうしてこうどいつもこいつもと、デルタの嘆きで表しますが、デルタの方もお互い様と感じさせ、セスが不思議にジコチュウのジェーン(ジェニファー・アニストン)の手に落ちたり、男女の結びつきは奥が深いとも思わせてくれます。
 アーノルドの、リスに胡桃をやる人が多いが、リスを胡桃にやってもいい、居場所は自分で決める、自分が気持ちいい場所が自分の居場所だという、決め台詞。実は誰にでも言っていることが発覚し、最後にエンドロールでアーノルドのオリジナルでないことの種明かしがされます。軽いタッチで語られるのですが、固定観念を捨てて自由になれというメッセージはすがすがしい。

2016年1月 2日 (土)

きみといた2日間

 出会い系サイトで知り合い一夜を過ごし大雪で帰れなくなりさらに一日過ごすことになったカップルの行方を描いたラブコメ「きみといた2日間」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、全国2館都内では唯一の上映館新宿武蔵野館2(84席)午後1時の上映は3割くらいの入り。観客の多数派は、ラブコメにもかかわらず、一人客。まぁ前夜のセックスについて批判し合う2人の会話は、デートには不向きかと思いますが。男性一人客はR15+指定に期待しての入場かも知れませんが、映像的には露出度は高くなく、主としてセックスに関する会話部分が年齢制限の理由と思われます。

 高校時代の彼について行くために興味のない大学に進学したが彼に振られ就職する気にもなれずにネットサーフィンを続け、ルームメイトのファイザ(ジェスカ・ソー)にも就職活動に身が入らないことを批判され、男を捜せと発破をかけられ、身分証明書がないためにバーにも入れず腐ったメーガン(アナリー・ティプトン)は、出会い系サイトに登録し、片っ端からメッセージを送って反応があったアレック(マイルズ・テラー)のアパートにお泊まりに行き、翌朝、アレックから見知らぬ男との一夜の関係が初めてなんて信じられないと言われて大げんかになり、罵り合って帰ろうとしたら大雪でドアが開かず、テレビを付けるとニューヨーク全体が交通マヒ状態で、アレックの部屋にもう一日いざるを得なくなった。口論をしながら、より建設的な話し合いをしようと、2人は昨夜のセックスについてお互いの不満をぶつけ合い、不満を募らせるが…というお話。

 出会い系サイトでのメッセージから即お泊まりして相手のことをほとんど知らないまま肉体関係を持ったメーガンとアレックが、口論の挙げ句に前夜のセックスの際のお互いの行動を批判しあった上で、学習のためにもう一度…という展開が、前半の見せ場になります。ここはこう、そこはそうと、指摘し反省しながらのチャレンジは、気恥ずかしくもあり、微笑ましい。
 医師になった高校時代の同級生に振られたメーガンと、美女のDJと同棲中だが相手の心が離れていることを知ったアレックの恋愛敗者同士、どちらも住処を失う生活でも敗者同士のカップルが主役というところも、親近感を持ちます。

 2日間の話で生活や出自などに関する深刻なエピソードもなく、軽いタッチのラブコメですが、セックスにまつわる批判的な会話があり、誰が誰と見るのに適しているかは、難しいかも。「私たちも、試してみる?」というノリの相手がいれば、いいでしょうけど。

2016年1月 1日 (金)

I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE

 スヌーピーで人気のマンガ THE PEANUTS の35年ぶりの映画化作品「 I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE 」を見てきました。
 封切り5週目金曜日映画サービスデーの元日、新宿ピカデリースクリーン5(157席)午前9時10分の上映は2割くらいの入り。元日の午前9時台に映画見に来る客がどれくらいいるかって話ではありますが。

 冬の朝、クラスメイトがスケートやアイスホッケーをしようと待ち受ける中、スヌーピーを連れてチャレンジし続ける凧揚げに向かい、やはりうまく行かずに気落ちするチャーリー・ブラウンの隣に、赤毛の少女が引っ越してきた。チャーリーはその少女に一目惚れするが、翌日クラスに入ってきたその転校生に話しかけることもできない。転げてきたその少女の鉛筆を拾ったチャーリーをスヌーピーが後押しして隣家のチャイムを押そうとしてもチャーリーは直前で逃げてしまう。そんなある日、全国統一テストで、チャーリー・ブラウンが校内でただ1人満点を取ったと発表され、あり得ないと疑うルーシーをよそに、クラスメイトが次々とチャーリーの家を訪れ、妹のルーシーはチャーリーグッズを売り出し、チャーリーは一躍人気者となるが…というお話。

 チャーリー・ブラウンの恋と引っ込み思案の試行錯誤と、スヌーピーの妄想の世界での戦闘機パイロットフライング・エースと宿敵「レッド・バロン」の闘いの2つのストーリーが交互に進みます。スヌーピーファンには、見どころ満載で満足という評価になるのでしょうけれども、ちょっと引いた私の目には、その2つの話がまったくリンクしないので、なんだか統一感がない印象になり、スヌーピーの戦闘機乗り部分はない方がいいかなという思いでした。まぁスヌーピーを活躍させるためには、そういうエピソードを作らないとうまく行かないのでしょうけれども。
 お人好しで純朴なチャーリー・ブラウン、抜け目なく立ち回りつつ癇癪持ちのルーシー、のんびり我が道を行くペパーミント・パティなど、スヌーピーとウッドストック以外のキャラクターも味を出していて、そのあたりを味わう作品なのだろうと思います。チャーリーを支える役回りからか、ライナスが原作でのイメージよりりりしい感じがして、少し意外。
 登場人物の関係が、この作品のテーマとなるチャーリー・ブラウン→赤毛の少女(転校生)のみならず、ペパーミント・パティ→チャーリー・ブラウン、ルーシー→シュローダー、サリー→ライナスと、いずれも片想いというのが、簡単ではない青春ものになっていて、ややほろ苦く切ない。

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