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2015年11月22日 (日)

コードネーム U.N.C.L.E.

 1960年代に一世を風靡したスパイのナポレオン・ソロがKGBのスパイとチームを組んで核兵器をナチの残党に渡そうとする一味と闘うというスパイ映画「コードネーム U.N.C.L.E.」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、ヒューマントラストシネマ渋谷シアター1(200席)午前11時50分の上映は5割くらいの入り。

 1963年、天才的な泥棒の腕を見込まれてCIAのスパイとして活動するナポレオン・ソロ(ヘンリー・カビル)は、ウラン濃縮の効率化を研究していたが2年前にローマで失踪したドイツ人技術者テラー(クリスチャン・ベルケル)の娘ギャビー(アリシア・ビカンダー)を東ベルリンから連れ出す。ソロがCIAの上司サンダース(ジャレッド・ハリス)に報告すると、東ベルリンでソロを執念深く追いかけてきたKGBのエージェントのイリヤ・クリヤキン(アーミー・ハマー)と引き合わされ、チームを組んで、ギャビーをイタリアの海運会社で働く伯父のルディ(シルベスター・グロート)のところに連れて行き、テラー博士を探し出すように命じられた。海運会社を営むアレグザンダー・ヴィンチグエラ(ルカ・カルバーニ)とその妻ヴィクトリア・ヴィンチグエラ(エリザベス・デビッキ)はテラー博士を使って核兵器を製造しナチの残党に引き渡そうとしており、そのために極秘裏にCIAとKGBが手を組んだのだという。クリヤキンはギャビーの婚約者を装い、ソロは美術品収集家を装ってヴィクトリアのパーティーに潜入するが…というお話。

 設定も展開も映像も昔風のスパイ映画で、ソロとクリヤキンのダンディズムとノスタルジーが売りの作品だと思います。
 敵愾心を持ち、互いに自己の組織からは必要なら相棒を殺すように指示されながら、ソロとクリヤキンが次第に心を通わせていくところも、見どころとなっていて、そこもまた昔風の人情ものっぽく、ノスタルジーを感じさせます。
 ソロもクリヤキンも組織に弱みを握られ、消耗品と位置づけられ、官僚の上司が、職務上持っている権力をちらつかせて理不尽に威張っているところが、単純なかっこいいスパイ像ではなく、彼らの境遇に共感させてくれます。特にクリヤキンの、父は失脚してシベリヤ送り、残された母は…という境遇をソロに指摘されてキレる場面や、上司からお前もシベリヤに送られたいかと恫喝される場面など、哀れを誘います。
 ソロはプレイボーイで手先が器用で格好良く立ち回るのに対して、クリヤキンは父親への思いを引きずり同室するギャビーに手も出さない純朴で不器用な人物に描かれています。基本的に、ソロがメインの役割ではあるのですが、性格設定と境遇の描き方からは、私はクリヤキンの方に親しみを覚えました。

 核兵器を手にしようと悪だくみをする一味はナチの残党とムソリーニと関係があるイタリアの会社。そういう設定にされると、3国同盟「枢軸国」の残り1国は…そこには関心も持たれないのか、やはりジャパン・パッシングかと存在感の薄さを感じてしまう私はひねくれ者でしょうか。

 新たなコードネームとされる U.N.C.L.E. は、エンドロールの中で、United Network Command for Law and Enforcement の略だと紹介されますが、当然、伯父 ( uncle ) のあてはめで無理っぽい。
 エンドロールでは、ギャビーのプロフィールの紹介の最後のひと言が心温まる (*^-^*)

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