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2015年10月 4日 (日)

ぼくらの家路

 10歳と6歳の兄弟が失踪した母親を探して歩き回る姿と心理を描いた映画「ぼくらの家路」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、全国7館東京では唯一の上映館ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1(161席)午前9時50分の上映は、2割くらいの入り。

 シングルマザーのザンナ(ルイーゼ・ハイヤー)は、10歳のジャック(イヴォ・ピッツカー)と6歳のマヌエル(ゲオルク・アルムス)の2児があったが、子どもより新たな男との関係を優先し、ジャックは、自分の食事の支度やマヌエルの世話に追われていた。ある日、ジャックが用意した風呂の熱湯でマヌエルが火傷をして泣き叫び、通報を受けた役所から、ジャックの児童保護施設行きが言い渡される。施設では、年長のダニエルから言いがかりを付けられて暴力を振るわれるなど、ジャックはなじめず、スタッフから夏休みになれば母親と会えると言われたのを支えにしていたが、待ちに待った夏休みの始まりの日、ザンナから迎えに行けない、週明けまで施設にいるようにと電話が入る。落胆したジャックは、同情したルームメイトが貸してくれた父の形見の双眼鏡を手に付近を散策するが、ダニエルに見つかり、池に抑え込まれて溺死させられかけた上、ルームメイトの双眼鏡を池の中に投げ込まれてしまう。あまりのことに憤激したジャックは、落ちていた木の枝でダニエルを殴り倒し、そのまま施設から逃走して自宅に向かった。自宅の前まで行ってもザンナは留守で鍵も置かれておらず、家には入れないジャックは、マヌエルの預け先のザンナの友人のところに行ってマヌエルを連れ出し、2人でザンナを探すが…というお話。

 母親の育児放棄にあい、悲しみ途方に暮れつつも、他方でその事実を直視したくなくて周囲の大人たちには見栄を張ってしまう10歳の少年ジャックの心情に引き込まれます。
 10歳の少年が、母親不在で、他方で6歳の弟を抱え、悲嘆することも泣き崩れることもできず、否応なく大人の対応、判断をせざるを得なくなっていく様子が、この映画の見どころではありますが、あまりに哀しい。
 6歳のマヌエルが、眠いと文句は言いますが、母親に会えないまま、3日間にわたって、兄に手を引かれて歩き通しで、ぐずらないというのもすごい。マヌエルの天使のような表情、どこでもすぐ寝られる順応性が、また哀感を誘います。

 児童養護施設に収容されているのですから、ダニエルもさまざまな事情があってカリカリしていたのでしょうし、まわりの大人たちもよかれと思って行動している部分があると思うのですが、そういう複雑な設定は見せずに、すべてをジャックの視点からシンプルに描き、年少のジャックと幼いマヌエルの置かれた境遇の過酷さ、ジャックとマヌエルへの共感に集中させたことで、感情的にすんなりと入りこみ素直に感情を揺さぶられる作品になっています。

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