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2015年7月

2015年7月12日 (日)

きみはいい子

 不器用な新米教師、児童虐待をしてしまう母親、認知症の影が忍び寄る独居老人を通じてふれあいの欠落と優しさの価値を描く映画「きみはいい子」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、テアトル新宿(218席)午前11時の上映は5割くらいの入り。

 桜ヶ丘小学校4年生の担任の新米教師岡野(高良健吾)は、児童がチャイムを押して回ったという苦情を受けて学年主任とともに謝罪してまわり、ホームルームで児童にもうやらないように注意していたら児童の一人が失禁し、母親から先生が怖くてトイレに行きたいと言えなかったと責められ、授業中でもトイレに行ってよいと宣言することを約束させられ、調子に乗った児童たちが次々授業中にトイレに行くと言い始める。夫がタイに単身赴任中で3才の娘あやねと2人暮らしの水木雅美(尾野真千子)は、自身が親から虐待され煙草を押しつけられた手首の傷を隠しながら、あやねが失敗したりいうことを聞かないと激しく折檻しつつ、自己嫌悪していた。東京大空襲で両親と弟を失った独り暮らしの老人あきこ(喜多道枝)は、忍び寄る認知症の影に戸惑いつつ、行き帰りに機械的に挨拶する特別学級の児童櫻井弘也(加部亜門)としか話さない日々を送っていた。あきこは弘也を通じて桜ヶ丘小学校と関係ができ、雅美は特別学級の教師拓也(高橋和也)の妻陽子(池脇千鶴)とママ友としてつきあうようになり、教室崩壊状態になった岡野は児童に「今晩、家族の誰かに抱きしめてもらってくる」という宿題を出し…というお話。

 授業中に生徒が失禁したとき、教師はどう対応すべきなのだろう。岡野は、保健係に失禁した児童を保健室に連れて行きなさいといい(保健係の児童は、当然のように、いやだという)、自らはモップを取りに行き床を拭こうとしました。映像で見ている時は、ここは掃除よりも失禁した児童のケアだろうと思いましたが、考えてみると、床掃除を児童にやれといってもやらないでしょうし、教師が保健室まで連れて行ったら授業はどうするのか、教室が大騒ぎになれば他の教室にも迷惑ですし。今どきは、児童数が減って教師があまり気味なこともあり、副担任が常駐する学校もあるようで、そうなれば対応しやすいのでしょうけれど、教師というのも難しいものだと思ってしまいました。
 岡野の対応は、いかにも粗雑なデリカシーに欠けるものと見えましたが、考えてみたら、標準的な人間の感覚はあれくらいなのだろうとも思えます。「先生」ということで/そう呼ぶことで、過剰な期待をしてしまうことに無理があるのだなとも思えました。
 家族に抱きしめてもらうという宿題を機に、やんちゃなガキどもも、素直な側面を見せ目がきらきらしてくる、この変化が感動的です。しかも、そこでハッピーエンドにせず、それでもその動機となった子については問題が解決しない/簡単にはいかないところも描いているところが秀逸です。

 自らも親から虐待された過去を持つ雅美の娘への折檻シーン。どういう理由があっても、幼い子への暴力は、胸が痛みます。それも、恥をかかせるんじゃないとか言って殴ったり、ママとおそろいの靴を履きたがったあやねが転んだシーンで、転んだ娘に大丈夫かとも聞かずに靴が壊れたことを詰るって、どういう神経だろう。友だちの母陽子から、「うちの子になる?」って聞かれて、2度とも「やだっ」って言って雅美にしがみつくあやねの姿を見て、いじらしさとともに、幼い子にとってはどんなに虐待されても母親に頼るしかない母親にしがみつくしかない現実を再認識させられます。そんな健気な姿を見ても、ぎゅ~って抱きしめたくならないのかなぁ。

2015年7月 5日 (日)

アリスのままで

 若年性アルツハイマー病を発症した大学教授アリスが記憶・認知能力を失っていく日々を描いた「アリスのままで」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、新宿ピカデリースクリーン5(157席)午前10時45分の上映は、ほぼ満席。

 高名な言語学者としてコロンビア大学で教鞭を執るアリス・ハウランド(ジュリアン・ムーア)は、50才の誕生日を夫の医学研究者ジョン(アレック・ボールドウィン)、長女のアナ(ケイト・ボスワース)、息子のトム(ハンター・パリッシュ)に囲まれて幸せに過ごした。アリスはUCLAに招かれて講義をした際に単語が出てこなかったことで戸惑ったが、そのまま、大学に行かずロスで劇団員として活動する次女リディア(クリステン・スチュワート)に会いに行き、大学へ行くよう勧めるが断られる。ニューヨークに帰ったアリスは、いつものジョギングコースの途中でどこにいるのかわからなくなって途方に暮れ、神経科を受診し、若年性アルツハイマー病と診断される。急速に記憶が失われ、授業でも立ち往生して、職を追われたアリスは、ジョンに長期休暇を取って、自分がが自分でいられる最後の夏を一緒に過ごして思い出を作りたいと切り出すが…というお話。

 知的能力を誇り、その能力でキャリアを築き上げてきた人物が、病によりその知的能力を次第に、それも急速に失っていくことへの恐怖感、絶望感、屈辱感がメインテーマとなっています。
 認知症の進行が、介護する側からでなく、本人の思い出せない思うに任せない苛立ち、焦り、そして恐怖感に焦点を当てて描かれ、同年代の私には他人ごとに思えませんでした。話をしていて適切な用語が出て来ないという経験は、自分でも時々あります。おじさんがよく「ほら、あれだよあれ、なんて言ったっけ」とかいう場面。それが、若年性アルツハイマー病の徴候であるとしたら、自分もまわりも大半がそうだということになってしまいますが。弁護士も、若年性アルツハイマー病が発症したら、職を追われるんだろうなぁ (>_<)
 それだけに、アリスが、記憶を失う度に感じる焦燥感、トイレの場所がわからなくなって失禁してしまったシーンでの屈辱感など、思い入れも入り涙ぐんでしまいました。

 そして、家族が若年性アルツハイマー病を発症した時に、どうふるまうか、がサブテーマとなっています。
 どんなことになっても君には僕が付いているという夫のジョンに、アリスが一緒に長旅をしたいという「最後の夏」を控え、メイヨ-・クリニックからオファーが来ます。「1年待てないの」と聞くアリスに、ジョンは、大学とは違う、1年後にはオファーがあるかどうかわからない、それに1年間仕事をしないでいられない、経済的にもと答えます。妻と思い出が作れるのは、たぶん、この夏まで、他方、ジョンにとっては年齢的に見てひと花咲かせる最後のビッグ・チャンス、それもオファーは天下のメイヨ-から。子どもが一番かわいい時期に、残業漬けでほとんど家にいられない多くの父親たちの場合と同様、多くの男はここで、仕事を選んでしまう、家族の介護に背を向けて…というメッセージが見えます。ジョンが、アリスを連れて赴任しようとするのを、アリスから私はずっとここで生きてきた、ここしかないと言われてしまうところからも、男の目には、これで非難されるのではジョンがかわいそうに思えるのですが。

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