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2014年7月

2014年7月27日 (日)

パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト

 19世紀イタリアの天才ヴァイオリニストを描いた映画「パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、新宿武蔵野館1(133席)午前10時15分の上映は4割くらいの入り。

 天才的な演奏技術を持ちながら演劇舞台付きの演奏者として埋もれ酒と女に浸り借金漬けだったニコロ・パガニーニ(デビッド・ギャレット)は、その演奏を聴いて魅せられて宿泊中のホテルを訪ねてきた謎の男ウルバーニ(ジャレッド・ハリス)から、お前には素晴らしい技術があるが物語がないと指摘される。ウルバーニの働きでイタリアでの演奏会に成功し富と名声を得たパガニーニは、その金をまるごとギャンブルですってしまい、ウルバーニは眉をひそめ、カジノで負けたくなければ自分がカジノを持つことだと囁く。パガニーニの噂を聞いたロンドンの指揮者ワトソン(クリスチャン・マッケイ)はウルバーニにロンドン公演を申込み前金で多額の公演料を送るが、パガニーニはそれも使い果たし、公演料の増額を求める。前金ばかり払ってパガニーニがいつまでも来ないために税務署から家財を差し押さえられたワトソンは、ようやくロンドンにやってきたが不道徳なパガニーニを追い返せという婦人グループのデモでホテルに泊まれなくなったパガニーニを自宅に迎え入れる際、娘のシャーロット(アンドレア・デック)にメイドのふりをさせて世話をさせる。パガニーニはシャーロットを気に入るが、宝石を与えてパガニーニの夜とぎをさせようとするウルバーニにシャーロットは激高し…というお話。

 公式サイトのキャッチコピーが「音楽史上、最も不道徳な男が奏でる、最も美しい旋律」なんですが、夜ごと別の女と交わり、手にした金はギャンブルですってしまうという破滅的な生活を送っていた描写はあるものの、これだけだったらいくらでもいそうな気がして「音楽史上、最も不道徳な男」っていわれてもあんまり説得力を感じませんでした。
 むしろ、息子においていかないでと言われて独りにしないと約束したり、後半のシャーロットとの関係はむしろ純愛っぽく描かれていて、実はよきパパで意外に純情なところも、なんて描き方になっています。
 しかし、それまではパガニーニはホテルで大騒ぎして女と過ごしていたりするわけですから、息子なんてほったらかしにしていたはずなのに息子とのそれまでの関係や母親はどうしたとかいう描写もなくて、いきなり息子が出て来て、パガニーニが独りにしないとか言い出すの、唐突ですし、シャーロットにしても、それまで次々と違う女を引っ張り込んでやりたい放題してたパガニーニがシャーロットと舞台で共演した夜だけ、別の女と過ごしたのは誤解だと騒ぐのも変だし場数を踏んでるのに腹が据わらなすぎ、そもそもそういう生活をしてきたパガニーニが突然純愛に目覚めるということ自体唐突で、息子の件もシャーロットの件もしっくりとこないという感じがしました。
 いっそのこともっと破天荒で破滅的な生き様を徹底するか、実は意外に純情なところもあったという設定にするなら息子との関係もシャーロットに恋した経緯ももう少していねいに描いて説得力を持たせて欲しかったなと思います。そのあたりが中途半端な印象でした。

 ビール好きなタイムズの記者エセル・ランガム(ジョエリー・リチャードソン)が、パガニーニと馬車の中でまぐわってパガニーニを絶賛する記事を書いていますが、これは記者のたくましさを示しているのか働く自立心ある女もこんなものと言っているのか…
 子ども(シャーロット)と一夜を過ごしたと言って抗議の嵐にあうパガニーニとか、不道徳だといって追い返せデモが起こったり、遺体を教会の墓地に埋めてもらえなかったりという性風俗環境の中で、パガニーニの、そしてエセル・ランガムの立ち位置は面白いところではありますが。

2014年7月21日 (月)

人生はマラソンだ!

 自動車修理工場の存亡を賭けて工場主と労働者がフルマラソンに挑む映画「人生はマラソンだ!」を見てきました。
 封切り5週目月曜日祝日、全国14館東京では唯一の上映館シネスイッチ銀座スクリーン2(182席)午前10時40分の上映は4割くらいの入り。

 ロッテルダムにある自動車修理工場を経営するギーア(ステファン・デ・ワレ)は、昼間からビールを飲み、従業員のレオ(マルティン・ファン・ワールデンベルグ)、キース(フランク・ラマース)、ニコ(マルセル・ヘンセマ)らと賭けトランプに興じる日々を過ごしていた。ギーアは4万ユーロ近い税金の滞納を隠していたが、それが従業員に発覚し、工場の差押えを避けるための金策を考えるうち、エジプトからの移民労働者ユース(ミムン・オアイーサ)が足を悪くする前はマラソンを走り広告料を稼いでいたと知り、ロッテルダムマラソンで広告料を稼ごうと思い立つ。スポンサー集めがうまく行かない中、喀血したギーアは医者の診断を受け食道癌が肺に転移し既に手術不能と宣告される。ギーアらはユースのおじの中古自動車ディーラーに全員が完走したら税金を肩代わり、完走できなかったら工場を譲ると申し入れ、賭が成立する。マラソン経験者のユースの指導でギーアらは練習を始めるが…というお話。

 工場は多額の負債を抱えて経営難、末期癌の宣告を受け、認知症の母親と勉強嫌いで親の金をくすねる不出来の息子を抱えるギーアの我慢と根性の物語がメインテーマです。会社の経営者であり一家の大黒柱として責任がのしかかる中、まわりを不安にさせないために苦しい心のうちを誰にも語れない辛さが身に染みます。私は、常々言うように、「俺は男だ」的なマッチョな考えはきらいなんですが、でも同じ立場に立つときっと同じように抱え込んでしまうタイプなので、ギーアの気持ちにすっと入ってしまい、泣けてきました。もっとも、まわりに言わずに抱え込むことで事態を悪化させてしまう可能性が高いのですが。
 資金繰りに苦しみ、末期癌も宣告されてお先真っ暗な中、金をくすねマラソンに挑むなんてばかげているとぼやく息子に対し、怒鳴らず詰らず、お前は俺を誇りに思えないかも知れないが、俺はお前を誇りに思っているというギーアは、親としてすごいと思う。末期癌の宣告を受けて、自分には先がない、意地を張っても仕方がない、関係を悪化させることにメリットはないという判断かも知れませんが。
 ギーアにとっての救いは、妻との関係が良好で妻がギーアを支える気持ちがあること。妻から最近大好きなケーキも食べないしビールも飲まない、何があったのかと詰め寄られて、ギーアが話すのは工場の経営難のこと。やっぱりそっちか、ちょっと考えさせられます。

 ギーアの運命の重苦しさを和らげ、作品をコミカルなタッチにするのが、マラソンに挑む中年労働者たちの設定です。
 レオは売春宿で知り合った女性と同棲中。同棲する段になって子連れとわかり、戸惑いますが、赤ん坊をあやすうちに馴染んでいき、足を洗ったはずの女性がその後も隠れて売春を続けていたことを知り追い出すとき血のつながらない子を引き取ります。
 キースは、食事の際には神への祈りを欠かさず日曜日には労働をしてはならず礼拝に行かねばならないというキリスト教原理主義者の妻の下、模型電車と煙草を手放せない生活を送っています。
 ニコは、同居していた女性から去られたばかりですが、ランニングシューズ店でフィッティングをしてくれたイケメン店員に恋心を持ってしまいます。
 その3人とギーアが、最初は数分走っただけで吐いて倒れてしまうありさまだったのが、ユースに叱咤激励されてトレーニングに励むうちに、走る姿も少しサマになってきたと思うと、試走に挑んだアムステルダムマラソンには遅刻してしまうなど、行きつ戻りつの展開で、最後までどうなるかと思わせてくれます。

 ギーアの立場を思うと胃が痛む面もありますが、ややコミカルなタッチの展開が心地よいハートウォーミングな作品です。

2014年7月20日 (日)

思い出のマーニー

 イギリス児童文学を映画化した、宮崎駿引退後のジブリの行く末を占うアニメ「思い出のマーニー」を見てきました。
 封切り2日目日曜日、新宿ピカデリースクリーン1(580席)午前9時40分の上映は4割くらいの入り。

 幼いうちに両親と祖母が死に大人たちが自分にかまわず争う記憶がトラウマとなり心を閉ざした喘息持ちの小学生杏奈は、医師の勧めもあり、札幌から里親頼子の親戚大岩夫婦が住む北海道の湿地のある海辺に転地療養する。人を避けて辿り着いた海辺から見える「湿っ地屋敷」と呼ばれる寂れた洋館に既視感を持って入り込んだ杏奈は、潮が満ちて帰れなくなり、無口な釣り人十一のボートに助けられる。夢の中で湿っ地屋敷の2階の窓に金髪の少女とばあやの姿を見た杏奈は、七夕の夜地元の子どもとなじめず独り岸辺にあったボートで湿っ地屋敷に向かい、夢に出て来た金髪の少女と出会う。少女はマーニーと名乗り…というお話。

 両親と祖母が幼いうちになくなったことを、自分を一人にして死んだと怨み「許せない」と思い続ける杏奈。頼子への自治体からの里親手当支給を知ってから頼子に対しても心を開けなくなり感情を表さなくなります。子どもが否定的な感情をうちにためて心をすり減らす様は見ていて胸が痛みます。
 杏奈の頑なな心を、あなたが好きと抱きしめるマーニーが癒し、裕福な両親と豪邸と華やかなパーティーに恵まれたマーニーの両親と会える日はわずかでばあやとメイドたちに冷たくあしらわれる日常を聞いて杏奈はマーニーの苦しさを知ります。そうしたマーニーとの交流を通じて、杏奈が周囲の人々の気持ちを知り心を開いていく過程がテーマとなっています。

 マーニーの、あなたのことをたくさん知りたいの、でも少しずつ知りたいのという言葉が、淡くて初心ででも地に足の付いた感のある恋心を示すようで、ちょっと胸がきゅんとなりました。

 マーニーの洋館が人手に渡る(東京の少女さやかが引っ越してきますし)ということはマーニーは多額の借金を残して死んだのでしょうけれど、そのタイミングは理屈に合っているのか…

 作品としては、それなりの布石は打たれていて、最後にマーニーの正体が明らかになったときに、アッと思うところもあり、少し胸が熱くなりいい感じで見終えることができます。
 ただアニメ作品としては、やや台詞に頼りすぎた印象があり、含みが少ないかなと思えました。
 映像としては、緑(樹々や草木)の美しさとディテールへのこだわりはさすがと思いましたが、時々どんと手抜きが感じられたり、特急列車と杏奈の遠めの絵が縦長(ひょろ長)に過ぎてアンバランスを感じるなど、気になるところもありました。

2014年7月19日 (土)

革命の子どもたち

 日本赤軍のリーダー重信房子とドイツ赤軍のリーダーの1人ウルリケ・マインホフの娘たちの母への思いを描いた映画「革命の子どもたち」を見てきました。
 封切り3週目土曜日、全国5館東京で唯一の上映館テアトル新宿(218席)午前11時35分の上映は1~2割の入り。

 重信房子については、極右の父親の下で平凡な人生を歩んできた重信が明治大学2部(夜間部)の学生となって学費値上げ反対運動に加わり、1971年にはパレスチナに出国し日本赤軍を結成しレバノン等をベースに活動を展開し、2000年に日本国内で逮捕されるまでを、ニュース映像と娘重信メイ、パレスチナでの同志足立正生、赤軍派議長塩見孝也、日本での裁判を担当した大谷恭子弁護士の語りで描き、重信メイの母房子への評価、思いを挟み込んでいます。ウルリケ・マインホフについては、学生運動を経て左翼雑誌記者となり、編集長と結婚して2子をもうけた後離婚し、地下組織に参加して、後にドイツ赤軍となる「バーダー・マインホフグループ」を結成したが1972年に逮捕され1976年獄中で自殺するまでを、ニュース映像と娘ベティーナ・ロール、当時の同志たちの語りで描き、ベティーナ・ロールの母への評価と思いを入れています。

 ウルリケ・マインホフは本人が死んでしまい、活動期間も短い上、娘のベティーナ・ロールが母親への怨みが残り母親の活動を受け入れられず母親に対して否定的なコメントをするため、暗く冷たい印象が強くなっています。
 しかも、ウルリケ・マインホフが脳の手術を受けその際に脳に金属片を入れて、その後人格が変わってしまったというアナウンスが数回あり、闘争に身を投じたのが病気のためというニュアンスになっています。

 他方重信房子については、映画制作時点で裁判継続中で、娘も同志も弁護人もみな好意的なコメントをするので、その活動も肯定的で明るいニュアンスで描かれます。
 重信メイが映画制作時点で39年の人生のうち母親と一緒に過ごせた期間は合わせて5~6年、28才まで無国籍で自分の存在は認められなかった、幼い頃から逃げ続け秘密を持ち続け素性に関していつも嘘をついて過ごさねばならなかったと語りながら、母親の活動に理解を示し母親を慕う姿は感動的です。

 親が自己の信念で社会の多数派とは違う生き方を選ぶとき、社会からはというか近親者などから子どものことを考えろ、子どもを巻き添いにするなというプレッシャーをかけられがちです。親の背を見て育つ子どもたちは、容易ではないふつうでない子ども時代を過ごして「ふつうに生きたかった」と親を恨むのか、「ふつうでない」親を誇りに思うのか。親として悩ましく、考えさせられるところです。
 そういう点からは、重信メイの語りには心を打たれ感動しますし、ベティーナ・ロールのコメントには胸が痛みます。

 個人的には、長らくお会いしていませんが、重信房子の生き様を語る大谷恭子弁護士の姿が、年輪を経てますます素敵に思えました。

2014年7月13日 (日)

パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間

 ケネディ暗殺事件にかかわった人々の様子を描いた映画「パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、新宿武蔵野館2(84席)午前11時40分の上映は6割くらいの入り。観客の多数派は中高年層。

 1963年11月22日金曜日、テキサス州ダラスのパークランド病院では外科医ジム・キャリコ(ザック・エフロン)が独り患者の対応に追われていた。妻と共にケネディ大統領のパレードの見物に来ていたアマチュア・カメラマンエイブラハム・サプルーダー(ポール・ジアマッティ)は8ミリカメラでパレードを撮影していてケネディ大統領が射殺された場面を撮影する。ケネディ大統領はパークランド病院に搬送され、キャリコと、駆けつけた医師らが救命の措置をとるが、ほどなく死亡が確認された。シークレットサービスはジョンソン副大統領のまわりを固め、パークランド病院へ、そしてエアフォースワンへと押し込み、大統領の遺体とじゃクリーン夫人の到着を待ってワシントンへ向かい、ジョンソンは機内で大統領就任式を行う。暗殺現場付近で警察官を殺害した容疑で逮捕されたリー・オズワルド(ジェレミー・ストロング)を警察はケネディ大統領暗殺犯と発表した。その報道を聞いて兄ロバート・オズワルド(ジェームズ・バッジ・デール)が警察を訪れると、すでに母(ジャッキー・ウィーバー)が事情聴取を受けており、母はリーは国の諜報機関の指示で動いていると主張していた。ロバートがリーと面会すると、リーは証拠というものを信じてはいけないと話した。その後リー・オズワルドは警察署内で銃撃され、パークランド病院に運び込まれ、キャリコ医師らが救命措置をとったが及ばなかった。オズワルドの逮捕を聞き、リー・オズワルドが3年前からマークしていた人物で、2週間前に担当官に妨害をやめないと殺すぞという脅迫文書を持参していたことを知ったFBIは、担当官にリー・オズワルドのファイルを廃棄するように命じ、担当官はファイルを焼却した…というお話。

 公式サイトのトップページには、「担当医、カメラ愛好家、シークレットサービス、FBI、そして容疑者の家族。あの時、本当は何が起こっていたのか?事件にかかわったものだけが知る驚きの真実が、今明かされる。」とされているのですが、この映画でどのような新事実が明らかにされているのか、今ひとつわかりませんでした。
 タイトルからすれば、パークランド病院のキャリコ医師のエピソードに重点が置かれそうですが、突然瀕死の(というよりは搬入時点では実際のところ死んでいたのでしょうけど)大統領の救命を任された若き医師の緊張感は表現されていたものの、ケネディの際もオズワルドの際も医師として努力はしたけど及ばなかったというだけで、それ以上のエピソードはありません。パークランド病院関係で新事実は、ケネディ大統領の血液型がO型Rh+とされたとかでしょうか。
 サプルーダー関係では、8ミリフィルムの現像に手間取ったとかマスコミに追われて大変だったとかが描かれていますが、最後に紹介されているショックでその後カメラを手に取らなかったということくらいでしょうか。
 シークレットサービス関係では、ジョンソンの頭を押さえて病院やエアフォースワンに押し込んだとか、棺が入らないのでエアフォースワンのシートを外したり仕切り板を切除したとかあたりが新事実なのでしょうか。
 FBI関係では、(CIAだけでなく)FBIもマークしていたがファイルを焼却したというのが新事実なのかなというところ。
 オズワルドの家族関係では、面会でのやりとりとか、リー・オズワルドの葬儀・埋葬をあちこちで断られたとか、ロバート・オズワルドがその後も名前を変えずテキサスに住み続けたというあたりでしょうか。

 サプルーダーのフィルム争奪に殺到するマスコミと、葬儀への協力を断られ肉親だけで埋葬を行うロバート・オズワルドらを取り囲んで写真を撮り続けるマスコミの姿、それと対比して事態の急変に落ち着いて淡々と対応を続けるロバート・オズワルドの態度が印象的でした。
 リー・オズワルドの幼い娘は靴を買ってもらえたのでしょうか。フォローされていない妻子の行く末が少し気になりました。 

2014年7月12日 (土)

マレフィセント

 「眠れる森の美女」を呪いをかける邪悪な妖精側から描いた映画「マレフィセント」を2D日本語吹き替え版で見てきました。
 封切り2週目土曜日、シネマスクエアとうきゅう(224席)午前11時の上映は4割くらいの入り。

 人間の王国と隣り合った妖精たちの国では王も女王もなく妖精や不思議な生物たちが平和に暮らしていた。その中でリーダー格の大きな翼を持つ妖精マレフィセント(幼少時代:イザベラ・モロイ、エラ・パーネル)は、ある日、宝石を盗みに来た人間の少年ステファン(マイケル・ヒギンズ)に惹かれ2人は恋に落ちる。いつか城に住むことを夢見る野心家のステファンは、妖精の国を訪れなくなり、王(ケネス・クラナム)の家臣となって、妖精の国を攻める王に従軍するが、マレフィセント(アンジェリーナ・ジョリー)と不思議な生物たちに蹴散らされる。瀕死の床についた王はマレフィセントを滅ぼした者に王冠と娘を与えると述べ、それを聞いたステファン(シャルト・コプリー)は単身マレフィセントを訪ね、2人は積もる話をするうちに再び打ち解け、ステファンは眠りについたマレフィセントを襲って翼を奪った。翼を奪われ失意のマレフィセントは、人間に襲われたところを救ったカラスのディアヴァル(サム・ライリー)を使い人間界の情報を得ていたが、ある日、王位に就いたステファンに子どもが生まれお祝いのパーティーが開かれると聞いて…というお話。

 公式サイトの「ストーリー」冒頭で「邪悪な妖精マレフィセント なぜ彼女は“呪い”をかけたのか?」と問いかけてその謎解きが焦点化され、ストーリー紹介でもあえて避けている部分を書いてしまいましたが、このあたりは映画の最初の方で明らかにされますので、まぁご容赦を。
 さて、この展開で、マレフィセントがなぜオーロラ姫に呪いをかけたのか、理解できるでしょうか。映画を見た後、カミさんに「どうしてマレフィセントがオーロラ姫に呪いをかけたのか、あれでわかる?あの展開だったらステファンに呪いかけるでしょ」と聞いたら、いかにもあんたは女心がわからんなという顔で、「裏切られても思いが残ってるから、ステファンには呪いはかけられないの」といわれました。「えっ、でもそうだったら、その男を奪った王妃でしょ。いたいけな赤ん坊じゃなくて」と、さらに食い下がる私に、カミさんは「本当だったらこの子は生まれてきてなかった、本当なら私との間の子が…という思い、わからない?」って。う~ん、わからないというか、怖くなって、撤退。

 娘に呪いをかけられたステファンの行動も不可解。国中の糸車を壊して焼いてしまうのは、いかにも暴君ではありますが、娘を守るためということで、まぁいいでしょう。でも予言の時が過ぎるまで16年間オーロラ姫を3人の妖精ノットグラス、フリットル、シスルウィットに預けっぱなしというのは、私には理解できません。時が限られているなら少しでも共に過ごし、また自分の手で守ろうと思うのが親心ではないでしょうか。

 そして、作品の鍵となる「真実の愛のキス」。感動を呼ぶように作っているのはわかるんですが、呪いの時が近づく頃には、わかりますって。まぁそれでも少しほろっとしますけどね。
 何と言っても、前作「アナと雪の女王」でも同じネタ、エルサの氷の魔法を胸(心)に受けたアナを救うためには「真実の愛のキス」が必要ってやつをやったばかりですからね。まぁ「アナと雪の女王」がここまでロングラン上映していると予測しなかったのかも知れませんけど。

2014年7月 6日 (日)

her 世界でひとつの彼女

 Ai(人工知能)との恋を描いた映画「her 世界でひとつの彼女」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、全国22館東京4館の上映館の1つヒューマントラストシネマ有楽町シアター1(161席)午後0時15分の上映はほぼ満席。

 妻キャサリン(ルーニー・マーラ)と別居1年、弁護士を通して離婚交渉中の手紙代筆者セオドア(ホアキン・フェニックス)が、最新型の人口知能型OSを起動させると、会話をし感情を持ち自らインターネットで知識を学んで成長する人工知能(スカーレット・ヨハンソン)がセオドアと会話を続け、セオドアが名を聞くと人工知能はサマンサと名乗った。カメラ付きの携帯端末にサマンサをインストールして外の世界をサマンサに見せながら、イヤホンとマイクで会話してサマンサと「デート」を繰り返すセオドアは、サマンサに夢中になるが…というお話。

 恋愛の要素とか、恋愛に求めるものについて考えさせられる作品です。
 セオドアがサマンサに恋愛感情を持ちサマンサに求めるものは、結局のところ会話であり、会話を通じて共有する現在の経験と想い出であり感情です。
 肉体のない相手との恋愛ですので、会話での疑似セックスはしていますが、基本はプラトニックな関係です。サマンサが一計を講じて人間と人工知能の恋愛に共感した若い女性を誘い込んでセオドアとその女性の間でセオドアとサマンサの会話を共有しその女性の肉体を通じてセオドアとセックスしようと試みますが、セオドアは途中でそれを拒否します。それ以前に友人の紹介でデートした「虎」女(オリヴィア・ワイルド)にも「真剣な交際」を性急に求められてベッドインする前にリタイアし、10年連れ添った夫と離婚して相談する友人エイミー(エイミー・アダムス)の流し目もそらしてサマンサを選び、というように、サマンサと知り合った後のセオドアは、サマンサとの会話のみの恋愛へとのめり込んでいきます。
 この作品では、実は、感情を持つ人工知能との恋愛というテクノロジー面の問題よりも、「草食系」を押し進めた先の恋愛の観念化、あるいは感情とリアルタイムでの経験や想い出が共有できれば恋愛に必要なものは双方向の情報(会話)だけとなりうるかということが問いかけられているのではないかと思うのです。
 セオドアとサマンサの会話はもっぱらイヤホンとマイクを通じた音声で行われますので、2人の関係は、カメラとマイクを通じて経験がリアルタイムで共有できるという点では違いがあるものの、共通の経験・想い出がある者同士であれば電話で話すだけの関係に近いものです。近未来社会を背景にして、ホログラムっぽい立体型ゲームとか感情を持つ人工知能など進んだテクノロジーに囲まれているのですが、実は求めているコミュニケーションはアナログというか昔ふうです。サマンサの声も人工音声っぽくなく、ややかすれた声が、コンピュータと会話しているよりは人間と電話しているような感じがしますし。セオドアの仕事も「手紙」(電子メールじゃなくて、プリントして郵送してる)の代筆で、コミュニケーションはアナログの方がいいというニーズの高さを示しています。

 ヌード写真には興味を隠せず、寂しい夜にはチャットセックスにも耽るセオドアですが、その相手の要求/妄想の「猫の死骸で首を絞めて」って、いったい…
 人工知能と恋愛する若者が多数派になったら、その人工知能がある日バージョンアップされて、「お国のために戦ってね」「戦うあなたって素敵」なんて一斉に言い出すような事態が生じるんじゃないかと、私のようなひねくれ者はつい思ってしまうのですが。 

2014年7月 5日 (土)

チョコレートドーナツ

 1970年代のカリフォルニアで置き去りにされたダウン症の子どもを育てようとしたゲイカップルの善意と、偏見と法律の壁を描いた映画「チョコレートドーナツ」を見てきました。
 封切り12週目土曜日、新宿武蔵野館1(133席)正午の上映は9割くらいの入り。

 1979年、カリフォルニアのゲイバーでダンサーとして働いているルディ(アラン・カミング)は、アパートの隣人の女性(ジェイミー・アン・オールマン)が大音響のステレオを付けたまま男といなくなりダウン症の子どもマルコ(アイザック・レイヴァ)が一人うずくまっているのを見つけ、前夜知り合った検事局に勤める弁護士ポール(ギャレット・ディラハント)に相談するが、家庭局に任せろと突き放される。母親が薬物犯で逮捕されたため家庭局に連行され施設に入れられたマルコは、施設を抜け出して自宅に戻ろうと迷い歩いているところを、ルディに見つかり、ルディとともに暮らすことになるが、家主に見とがめられたルディはポールに相談し、マルコとともにポールの自宅に転がり込み3人での共同生活を始めた。ポールはルディをいとこと偽っていたが、ゲイカップルであることが発覚し、ポールは検事局を解雇され、マルコは家庭局の手で施設に送られてしまう。ルディは、マルコを取り戻すべく、ポールをけしかけて裁判に臨むが…というお話。

 何の義理もない(大音響のステレオに文句を言いに行って罵り合っただけ)隣人が置き去りにしたダウン症の子どもを、薬物中毒の母親を持ったのも普通じゃないのもこの子が選んだことじゃない、これ以上この子を不幸にしたくないと言って、引き取って一緒に暮らそうとするルディの人情味の厚さ、ゲイに対する偏見を持つ周囲に反発しポールにカミングアウトと裁判闘争を焚きつけるまっすぐさ、そしてルディに引きずられながらもマルコへの愛情を持ち裁判に取り組んでいくポールの誠意に、心を打たれます。
 人形を抱きしめ、言葉はごくわずかしか話せず、太り気味の、愛らしくは見えないマルコですが、ルディに優しくされ顔をくしゃっとさせる笑顔が憎めないというか情が移る感じがします。そのあたりのいかにも同情を惹くような外見ではなく、しかしどこか情がわくようなキャラ設定も巧みに思えました。
 邦題の「チョコレートドーナツ」は、マルコが好きな食べ物を聞かれると「ドーナツ」と言い、ポールがたまたまチョコレートドーナツならあると言って食べさせたシーンによるものですが、作品全体の印象やテーマにはあまりフィットしていないように思えます。

 監護権に関する裁判(日本だと未成年後見人選任申立ということになると思います)で、ポールが、我々がゲイかとかその品行ばかりが審理されているがこの裁判はマルコのための裁判だ、マルコにとって何が幸せかを論ずべきだと主張する場面があります。ゲイに対する強い偏見への反発とともに、エンディングに通じる強く印象的なアピールです。
 日本の法律実務でも、建前では「子の福祉」が最大限尊重されるべきだと言いながら、本当にそれが考慮されているのか、噛みしめておきたい訴えだと思います。

 ゲイだと発覚したから解雇されたというのは、さすがに現代日本なら裁判手続をとれば、解雇は無効と判断されるでしょう。
 もっとも、昨今は、日本の解雇規制が厳しすぎるなどと言って、労働規制の緩和と称して、まるで規制を緩和すれば若者の雇用が増えるかのような幻想を振りまいてその実は経営者側がさらにやりたい放題にすることをもくろむ政治家があまりにもたくさんいて、そういう連中にこれ以上政権を任せていたら、日本でもどうなるかはわかりませんが。

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