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2013年12月

2013年12月28日 (土)

清須会議

 本能寺の変後の織田家の跡目を巡る駆け引きを描いた映画「清須会議」を見てきました。
 封切り8週目土曜日、ヒューマントラストシネマ渋谷シアター2(173席)午後1時40分の上映は9割くらいの入り。

 本能寺の変で信長(篠井英介)が討たれ、毛利攻めからとって返した秀吉(大泉洋)が光秀(浅野和之)を破った後、秀吉の台頭を抑えたい宿老筆頭の柴田勝家(役所広司)と勝家の参謀役の宿老丹羽長秀(小日向文世)は、家臣を織田家縁の清洲城に集め織田家の跡継ぎと領地配分のため評定(会議)を行うこととした。勝家は長秀と相談して人望のある三男信孝(板東巳之助)を推し、勝家と秀吉がともに思いを寄せるお市の方(鈴木京香)は(姉川の戦いで夫と子を滅ぼした)秀吉憎さから勝家方に付く。勝家に信孝を取られた秀吉は、うつけ者と評判の次男信雄(妻夫木聡)を推し、軍師黒田官兵衛(寺島進)の勧めで信長の弟三十郎(伊勢谷友介)を抱き込む。長秀の発案で評定の出席者を少数にし宿老のみとすることになり、勝家、長秀、秀吉と残り1名の宿老滝川一益(阿南健治)で行うこととしたが、滝川は北条方から駆けつける途上でまだ姿を現さない。翌日までに滝川が登城しない場合は池田恒興(佐藤浩市)が代わりにメンバーとなることになり、勝家と秀吉は常興を抱き込もうと画策する。昼間に家臣が見守る中行われた余興の旗取り合戦でも信雄がうつけ者ぶりをさらしたのを見て勝利の目がないと悟った秀吉は…というお話。

 会議を通じた心理戦というか、会議の場よりも根回し、裏工作で多数派を形成していく、組織の中で生きる者たちのビジネス戦術がテーマの作品です。財界の人々がビジネスを戦国武将になぞらえるのが好きな傾向がありますが、戦国武将に会議をさせるとなると、ビジネスそのもの。ますますそういう人たちには受けるというところでしょうか。
 歴史的事実が前提となっていますので、先行きは誰でも知っていることで、会議全体の流れを、戦はできても愚直で義理人情に厚い人がよい勝家と、人心掌握術も含め先が読め術策に長け政治力のある秀吉という人物像を描き分けて強調し、戦ができるだけの人材から統率できる人材へと時代が流れているというアナウンスをしながら進め、秀吉の勝利をその場の作戦の勝利というよりは当然の流れ、人物の器の勝利と描いています。人がよくて天下を治める器でない過去の人の勝家に、先を見る目がある天下を治めるに足りる器の秀吉が勝つのは当然の時代の流れという説明は、わかりやすく説得力もありますが、どうも後付けの勝ち馬に乗った後世の評価という気がしてなりません。
 この作品、戦国武将の知恵比べ、人心の掌握の重要性の提示、交渉が重要な位置づけを持つという各点で、「のぼうの城」と共通点を見出せます。しかし、「のぼうの城」が大軍に囲まれた小大名の意地による抵抗、それを支える農民たちの姿を肯定的に描いている、つまり歴史的には敗者・弱者となる側からの視線で描いているのに対して、「清須会議」は勝者を勝つべくして勝ったと讃え、敗者を時代の流れに乗れなかったために負けるべくして負けた者と扱うだけでこの作品で言えば負ける側の柴田勝家・お市の方連合に対しては共感や暖かなまなざしは感じられません。そのあたりが、作品・監督自身が強い者・勝者の味方というか、この作品で言えば長秀・恒興的な姿勢というように、私には見えてしまいます。

 終盤で、松姫(剛力彩芽)の強い意志を描いているのが少しおやっと思わせられますが、これは秀吉のみならず松姫も(有能なビジネスマンのみならず時には若きビジネスウーマンも)なかなかやるというのか、けなげな振りして怖いというのか。ただ、はっきり言って織田家の跡目がどうなろうが、いずれにせよ秀吉に攻め滅ぼされるか秀吉に付き従う運命であることを考えれば(観客にはそれがわかっているわけですから)しょせん浅知恵にも見え、哀れを誘う感じもします。制作サイドがそこまで見据えた上で「浅知恵」と描いているということではないでしょうけど。

 北条方からただ1人清洲に向けて走り続ける滝沢一益。何で1人?
 そこに打ちかかる更科六兵衛(西田敏行)。ただ1人の前作(ステキな金縛り)からの連続登場人物ですが、やっぱり1人で何してたのか。三谷幸喜ファンへのサービス以上のものではないでしょうけど。

 勝家がお市の方と祝言を挙げると聞いた長秀のアドバイス「年下の女房は年上のように、年上の女房は年下のように扱うのが夫婦円満の秘訣」って、本当だろうか…

2013年12月23日 (月)

ルパン三世vs名探偵コナン THE MOVIE

 ルパン三世と名探偵コナンのコラボアニメ「ルパン三世vs名探偵コナン THE MOVIE」を見てきました。
 封切り3週目月曜日祝日、キネカ大森シアター1(134席)午前10時20分の上映は3割くらいの入り。観客層はお子様連れが多数派。

 米花町の銀行の地下金庫に保管されているチェリーサファイアをいただくというルパン三世からの予告状が届き、来日したルパン専任捜査官銭形警部と警視庁は大規模包囲網を敷き、佐藤と高木は銭形警部の指揮下でルパン三世逮捕の任に当たるが、例によって銭形警部の目の前でルパン三世がチェリーサファイアを奪い逃走する。来日した人気アイドル歌手エミリオ・バレッティを追いかける園子に引っ張られた蘭とエミリオの美人マネージャークラウディア・ベルッチに惹かれた毛利小五郎は、エミリオの宿泊するホテルに潜り込むが、エミリオのライブを中止しろという脅迫状が来ていたため毛利小五郎は護衛のために残り、蘭と園子は気晴らしに抜け出すエミリオに同行する。テレビを見ていてエミリオのスタッフの中に次元大介が紛れ込んでいるのを見つけたコナンはルパン三世の企みを疑いエミリオの宿泊するホテルに向かう。逃走したエミリオを捕まえて話を聞いたコナンらは大きな陰謀の存在を察知し…というお話。

 作品のスタイルとしては名探偵コナンの世界にルパン三世が飛び込んできた体裁ですが、ルパン三世のメンバーがルパンの財宝盗取と逃走の知恵とテクニック、次元大介の射撃とダンディズム、石川五ェ門の斬鉄剣など特徴と得意技がきちんと登場している(峰不二子は裏切りとお色気が中途半端というか収まりどころが悪い感じがしましたけど)のに対し、名探偵コナンのメンバーはコナンは知恵を働かせるよりアクション中心の動きになり、毛利小五郎は肝心な場面で登場もできず「眠りの小五郎」が見られず、毛利蘭と園子は格闘場面がないなどお約束の見せ場が省かれて、コナンファンには少し欲求不満が残りそうな気がします。私の好みとしては、灰原哀と峰不二子の絡みで、灰原哀が登場シーンは少ないもののちょっとかっこよく見せてくれるのがよかったかなと思います。
 この映画は、名探偵コナンシリーズにはカウントされないようで、エンドロール後の予告でルパン三世が名探偵コナンの次回作(「異次元の狙撃手(スナイパー)」、2014年4月19日公開予定)を「第18作」と紹介しています(前作「絶海の探偵(プライベート・アイ)」が第17作ですから、この映画が第18作と思っていたのですが)。

 この作品では、過去のルパン三世と名探偵コナンのコラボ作品「ルパン三世vs名探偵コナン」(日本テレビ開局55周年・読売テレビ開局50周年スペシャル番組、2009年3月27日「金曜特別ロードショー」で放送)を前提にしていて、そのエピソードが随所に登場し、エンドロールの前半はその番組のカットで埋めています。その番組のエピソードが登場する際に断片的な説明もあったりしますが、その番組を見ていない私には、疎外感がありました。いきなり何の説明もなくヴェスパニアの王女がどうとか、ヴェスパニア鉱石(希少な鉱石で電磁波を吸収しあらゆる電磁波によるコントロールを無効化できるのだとか)の盗難だとかその鉱石の発見・確認方法がどうだとか言われてもねぇ。映画の前作のエピソードが前提にされることはありがちですけど、テレビのスペシャル番組を(それも4年半前の作品。ただし何度か再放送され、この映画公開直前にも再放送されていますが)見ていることを前提とするのは、ずいぶんと不親切に思えます。

 冒頭で「怪盗キッド」の宝石盗取と警察の捕り物劇が展開されますが、野次馬が熱狂的ファンとして声援を送る状況で、大がかりな態勢を組んでの捕り物劇が正当化されるかな、執念深く追うコナンのモチベーションはどこにあるのだろうと思ってしまいました。大衆に支持されようが泥棒は泥棒ということで割り切れるのか、映画制作サイドの発想はそれでいいのか、少し疑問に思えました。

2013年12月22日 (日)

カノジョは嘘を愛しすぎてる

 天才音楽クリエーターと美声の高校生ヴォーカルの恋愛映画「カノジョは嘘を愛しすぎてる」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、ヒューマントラストシネマ渋谷シアター1(200席)午後0時10分の上映は9割近い入り。観客の多数派は女子中高生。

 超売れっ子バンド CRUDE PLAY の高校生バンド時代のベーシストで今は CRUDE PLAY の全楽曲を提供する天才クリエーターの小笠原秋(佐藤健)は、所属事務所の社長高樹(反町隆史)の商売第一の姿勢に反発し、さらには恋人の売れっ子歌手茉莉(相武紗季)が高樹とも関係を続けていることに嫌気がさし、隅田川を見つめて悲嘆に暮れていたが、新たな愛の歌が思い浮かびつい口ずさんでいた。そこに通りかかった近くの八百屋の娘小枝理子(大原櫻子:新人)は秋の口ずさむ歌に感激し配達中の野菜を舗道にぶちまけてしまう。転がってきたマッシュルームを拾い上げて理子に気づいた秋は、何の気なしに「一目惚れって信じますか」とつぶやき、理子は「信じます。今一目惚れしてしまいました」と答え、秋は戸惑いつつも正体を隠したまま理子をつきあうことになる。CRUDE PLAY の秋と知らないまま秋を守ると言った理子に秋は感激し、理子への思いを募らせ、幼い頃からの親友である CRUDE PLAY のリーダー坂口瞬(三浦翔平)に思いを打ち明ける。一方、高樹は秋を尋ねる途中、隅田川の河原で路上ライブをする理子を発見し、その声に惚れ込み、楽器は弾く振りだけという条件でプロデビューさせることを決める。高樹から新人のプロデュースを求められた秋はノータイムで断り、代わりに CRUDE PLAY デビュー時に秋が弾く振りだけを断って抜けた際代わりに入ったベーシスト篠原心也(窪田正孝)が理子と友人たちを MUSH & Co. の名前でデビューさせることになる。それを後から知った秋は…というお話。

 基本的なストーリーとしては、商売第一の高樹社長の手腕は認めざるを得ないが反発を感じ、仲間たち特に瞬との友情から CRUDE PLAY に楽曲の提供は続けるが、自分自身は一線を画したいという姿勢を持ち続ける秋と、幼なじみの瞬との友情、素朴に秋の作る歌に感動し秋を思う理子の秋の態度を巡って揺れる気持ちが見どころとなっています。
 ただラブストーリーとしては、たぶん長い原作のコミックスを短い映画に押し込むことの問題なのだろうと思いますが、今ひとつすっきりしない感が残ります。エンドロールが終わった後にそこで一度ひねられますが、そのひねりもだからどうなのよとすっきりしない感が残ります。そこは観客の想像力で補えと言われているのか、原作を読めと言われているのか…

 事前に知らされないままに自分たちのデビュー発表記者会見が行われて動揺した理子が、秋のところに駆けつけたところを追ってきた雑誌記者に写真を撮られ、秋は高樹からこのまま記事になったら理子はどうなると言われて高樹から記事もみ消しと引換に出された条件を苦悩の末飲むことになります。その後すぐ理子をまた同じ河原に呼び出すのが、おいおい学習してないのかこいつと思いますが、それはさておき、こういう役を佐藤健にやらせるかなぁ。つい、泥酔した前田敦子をスカートがまくれ上がったまま搬送する場面を週刊文春に撮られた時は何も考えなかったのか/何を考えていたのかと突っ込みたくなりました。

 ところで、映画中の売れっ子バンド CRUDE PLAY。映画の中では「クリュードプレイ」と読んだ上で、「クリプレ」と略してるんですが、仮に「クリュードプレイ」として、ふつう「クリプレ」と略するもんでしょうか。そして CRUDE を「クリュード」って読むんでしょうか。ふつうには「クルード」だと思うんですけど…

2013年12月21日 (土)

ゼロ・グラビティ

 船外作業中のアクシデントで宇宙空間に投げ出された宇宙飛行士の恐怖と孤独を描いた映画「ゼロ・グラビティ」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、新宿ミラノ1(1048席)午前11時25分の上映は1割くらいの入り。

 スペースシャトルの修理のために船外作業中だった宇宙飛行士のライアン・ストーン(サンドラ・ブロック)は、ミッションコントロールから彗星の破片が飛んでくるので直ちに作業を中止して避難するよう指示されるが修理がもう少しで終わると思い逃げ遅れ宇宙空間に放り出される。残存酸素が乏しくなり絶望的な状況になったところに同僚のベテラン宇宙飛行士マット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)が助けに来たが、シャトル内の生存者はなく、2人で宇宙ステーションに向かうが…というお話。

 宇宙飛行士の任務の危険性と孤独、宇宙空間の魅力と恐怖をしみじみと実感させてくれます。その中で生きる、生き続けることの意味、強い意志の重要性と必要性を、考えさせ、感じさせる作品だと思います。ストーリー、設定はかなりシンプルで(そのせいでしょう。公式サイト、ほんとに何も書いていません)、その分本能的な部分を揺すぶられ、感動的でもあります。シンプルで感動的という点で、確かにアカデミー賞向きの作品という感じがします。
 同僚のマットの不まじめに見せた優しさと誠実さ、犠牲的精神が胸を打ちます。

 原題は Gravity で、日本語タイトルは「ゼロ」をつけて無重力=宇宙空間を示しています。ちょっとした違いというか、どちらにしても宇宙空間の危険と恐怖を示唆しているのですが、ラストにタイトルが表示されたときの効果としては、やはり原題がフィットします(現実には、スクリーンに表示されるのは原題の Gravity で「ゼロ・グラビティ」と表示されるわけじゃないですから、そこで日本語タイトルの印象を語っても意味はないですが)。

2013年12月15日 (日)

REDリターンズ

 引退したCIAの凄腕スパイたちが新たな闘いに引き込まれるアクション映画第2弾「REDリターンズ」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、新宿ミラノ2(588席)午前10時45分の上映は1割足らずの入り。

 恋人のサラ(メアリー=ルイーズ・パーカー)と平穏な日々を送っていたフランク・モーゼス(ブルース・ウィリス)と相棒マーヴィン(ジョン・マルコヴィッチ)は、冷戦時代に天才物理学者「大量殺人界のロックスター」ベイリー(アンソニー・ホプキンス)が小型核爆弾をソ連に持ち込んだ「ナイトシェード作戦」に関わり核爆弾を持ち去ったテロリストとして指名手配され、MI6からフランク殺害を命じられたフランクの旧友ヴィクトリア(ヘレン・ミレン)、特殊部隊を率いてフランクを襲撃したが失敗したジャック(ニール・マクドノー)にフランク殺害を依頼された「世界一の殺し屋」ハン・チョバイ(イ・ビョンホン)に追われることになる。「ナイトシェード作戦」情報をネットにばらまいた仕掛け人と見られるフロッグ(デイヴィッド・シューリス)を追ってパリに向かったフランクは、ロシアの諜報部員で元カノのカーチャ(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)と駆け引きしながらフロッグから貸金庫の鍵を奪い、「ナイトシェード作戦」の報告書を入手し、ベイリーがロンドン塔に32年間も監禁されていることを知り…というお話。

 ブルース・ウィリス、ジョン・マルコヴィッチ、ヘレン・ミレンの平均年齢62歳の熟年(老人)パワーと渋い味わいで見せる作品だと思います。
 1945年生まれ68歳のヘレン・ミレンが実にかっこいい。40代のメアリー=ルイーズ・パーカーやキャサリン・ゼタ=ジョーンズよりもチャーミングに見えました。恋人のイヴァン・シモノフ(ブライアン・コックス)のように、撃つ度に足先がピョンと立つのが魅力的とかいってブーツの匂いをかいで恍惚となるほどのフェチにはなれませんが。
 この老優たちの中にあって、今回殺し屋として起用されたイ・ビョンホンは、浮いてしまい、演技などから考えると道化役とみることになるでしょうけどストーリー上の位置づけはそうでもなく、どう捉えていいのやら…。素人なのに天真爛漫に銃をぶっ放し危険地帯に入り込んでいくサラがすでに道化役として主人公グループに根を張っているだけに、さらに道化役を置いてもねぇ。私にはミスキャストとしか思えませんでした。
 ストーリーの方は、さっきの敵が今の友、さっきの友が今は敵のような、忙しい展開でややこねくり回しすぎの感があります。
 そういうこともたたってか、アメリカでは公開初週末(2013年7月19~21日)が5位、オープニング興収1850万ドル止まりで、2週目が6位、3週目が8位で4週目にはベスト10圏外。日本では公開初週末(2013年11月30~12月1日)4位、2週目7位。柳の下にいた2匹目のドジョウは細かったというところですね。主演3人の演技は味わいがあるし、ヘレン・ミレンはかっこいいんですけどねぇ。

2013年12月14日 (土)

すべては君に逢えたから

 クリスマスイヴと東京駅にまつわる4つのラブストーリーと2つの親子物語を絡めた群像劇「すべては君に逢えたから」を見てきました。
 封切り4週目土曜日、ヒューマントラストシネマ渋谷シアター3(60席)午前9時45分の上映は2割くらいの入り。観客はカップル3組、女性2人連れ2組、一人客3人。

 東京駅近くのケーキ店でアルバイトする大学生の菜摘(本田翼)は友人からクリスマスイヴにカラオケに誘われそこには憧れの三上先輩も来ると知って気持ちが揺れたが、イヴはバイトを休めないと断る。菜摘に憧れの男がいると知って店長の大島琴子(倍賞千恵子)はアタックしないのかと聞くが菜摘が無理というので、49年前に家柄の高い男と駆け落ちの約束をしだが相手が来ずその後恋愛はしても結婚はしなかったと打ち明ける。ケーキ店の常連客宮崎(時任三郎)は新幹線の運転手だが不治の病で余命3か月と宣告され退職し、小学生の息子幸治(山崎竜太郎)と過ごせる時間の短さに焦り勉強を教えようとするが煩がられる。ウェブデザイン会社の社長黒山(玉木宏)は行きつけの高級レストランとバーに1人で来て隣に座った劇団員玲子(高梨臨)に対し金目当てに近づいたと邪推し、そういわれて頭にきた玲子は彼と来る予定だったのに彼が死んだと泣き崩れ、黒山は罪悪感から玲子を追いかける。玲子がクリスマスイヴに芝居をすることになっている養護施設に住む小学生の茜(甲斐恵美利)はまだ会ったことのない母の生存と来訪を待ち続け、サンタからのクリスマスカードを母が書いたものと受け止める。服飾デザイナーの雪奈(木村文乃)は仙台で復興事業に携わる拓実(東出昌大)と遠距離恋愛中。拓実が先輩女性と飲みに出てモーニングコールに出なかったことから思いあまって…というお話。

 6つの話を組み合わせることで、少なくともどれかは琴線に触れるという作品。
 私には、40歳で生まれた子どもに、この子が20歳になるときには自分は60歳、それまで元気でいられるかと考えて当時は楽勝だと思ったのに、子どもが10歳の時点で余命3か月と宣告され、10歳の子どもと妻を残して死ぬことの無念をテーマにした宮崎の話が、涙なしには見れませんでした。う~ん、私も子どもがみんな就職するまできちんとやっていけるだろうかと考えると他人ごとじゃないですし。

 実年齢25歳の高梨臨、レンタルビデオ店の店員でビデオには詳しいという設定ですが、最初のデートで見たい映画が「カサブランカ」って…
 ケーキ店店長の大島琴子の黄色いマフラー、49年前と同じマフラーを今もしてる?

 ことあるごとに東京駅が写り、まるで主役は東京駅という感じ。東北新幹線を運転する宮崎に、東北新幹線を利用した遠距離恋愛が重なり、エンドロールの最中、一番最後に監督の名前の後に巨大な字で「提供 JR東日本」って出るんじゃないかと思えるような作品でした。

2013年12月 8日 (日)

オーバードライヴ

 友人から郵送されてきたドラッグを受け取って現行犯逮捕され最低10年の刑務所暮らしをするハメになった18歳の息子の減刑を勝ち取るために麻薬取引のおとり捜査を買って出る父親の奮闘を描いた映画「オーバードライヴ」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、新宿ミラノ2(588席)午前11時45分の上映は1割足らずの入り。

 友人クレイグからドラッグを郵送する、1日預かってくれという申し出を受けて断れなかった18歳のジェイソン(ラフィ・ガヴロン)は箱を開けるや警察官に囲まれ、麻薬密売の疑いで逮捕される。麻薬密売で逮捕されたクレイグが減刑のためにジェイソンをはめたのだった。離婚した妻(メリナ・カナカレデス)からの連絡で駆けつけた父ジョン・マシューズ(ドウェイン・ジョンソン)は弁護士から刑は所持していた麻薬の量に比例し他の情状は一切考慮されず減刑を受けるためには他の麻薬密売人逮捕に協力するほかはないと聞かされ、ジェイソンに麻薬密売人を告発するよう求めるが、ジェイソンはクレイグ以外には密売人を知らない、無実の友人をはめることはできないと拒否した。ジョンは連邦検事キーガン(スーザン・サランドン)に掛け合うが、この法律に例外はないと拒否される。単身路上で密売人に声を掛けて反撃されパトカーに危うく助けられたジョンに、キーガンはあきれつつ、ジェイソン本人でなくてもジョンが麻薬密売人の逮捕に協力すれば減刑に応じると約束したが、大量の麻薬取引を押さえなければならないと高いハードルを設定した。ジョンは自分が経営する運送会社の従業員の履歴書を洗い、麻薬密売の前科があるダニエル(ジョン・バーンサル)に麻薬密売人を紹介して欲しいと頼み、最初は断られるが多額の報酬を提示して密売人マリーク(マイケル・K・ウィリアムズ)を紹介してもらい、麻薬の運び屋を買って出る。対立組織の襲撃を受け命からがらジョンは麻薬を約束の場所まで運ぶが…というお話。

 一応大人になってもなお過ちを犯す未熟な息子と、息子の成長の過程で仕事一筋でかまってやれなかったと負い目を持つ父親の親子関係、父親の自責の念と息子への思いがテーマの作品です。父と息子の関係は、主役のジョンとジェイソンのみならず、ダニエルと幼い息子、さらには麻薬組織のボスのエル・トポ(ベンジャミン・ブラッド)と幼い息子まで登場し、どの父も息子には修羅場を味あわせたくないという姿勢を見せます。昨今そういうパターンが多いですが、でも子どもの成長の観点からそれでいいのか、父親は一体いつまで息子のめんどうを見続けなければならないのか、息子のために犠牲にならねばならないのか、ちょっと疑問に思います。
 公式サイトのトップやポスターには「止まらない、暴走!」と大書され、日本語タイトルも「オーバードライヴ」とされ、ガンアクション、カーアクションもありますが、それが中心の映画ではありません。

 麻薬犯罪に重罰を科すとともに、麻薬密売人の逮捕に協力すれば減刑する(それ以外の情状では減刑されない)という制度の厳しさと不条理への批判がこの作品を貫いています。麻薬との戦いを主張し、そのために厳罰を科すとともに密告を勧めおとり捜査を推進するなど、言ってみれば目的のためには手段を選ばない政治家と政府のやり方に対する強い批判が読み取れます。こういう映画が比較的大規模に興行されそこそこはヒットするところがアメリカ民主主義の底力かなと思います。
 司法取引は日本では存在しないということになっていますが、薬物犯罪で逮捕された被疑者に対して、密売人の名前を話さないと「反省していない」と評価して刑を重くするということは日本の刑事司法でごく当然のように行われています。重い刑を科せられたくなければ密売人の名前をはけ、仲間を売れという恫喝は、司法取引の制度など法律上存在しなくても、「反省しているか」の基準をそこに置くことで実務の運用として容易になされ正当化されています。検察官・行政・政府にとって有利になる方向には、日本独特の「解釈」による運用がいとも簡単になされます。保釈が権利であるという法律の規定があっても、自白しない者には「罪証隠滅の恐れがある」と日本独特の解釈によって保釈を認めない「人質司法」と呼ばれる運用と同様に。こういうあたりを日本のマスコミやメジャーな映画が声高に批判するということはあまり期待できないですもんね。

 原題の Snitch 。クィディッチの試合でシーカーのハリー・ポッターが追い続ける金色の玉、のことではありません。J.K.ローリングの造語かと思っていたので意味を調べたことなかったのですが、「密告者」の意味があるんですね。
 ここでも、アメリカの制作サイドでは密告を奨励する司法制度への批判を表に出していますが、これを「オーバードライヴ」なる日本語タイトルにした日本の興行サイドはカーアクションで売ろうという意識が前に出ているということが読み取れ、対称的で示唆的です。アメリカでは公開初週末(2013年2月22~24日)から2位、5位、5位、6位、10位とそこそこの興行成績を上げました(全体では2013年のベスト30に少し届かないかなぁというところ。昨日見た「ザ・コール 緊急通報司令室」より少し下)が、日本では公開初週末(2013年11月30日~12月1日)にベスト10にも入れませんでした。司法取引問題への関心(知識)の違いと言えるかもしれませんが、興行サイドの姿勢・思惑の違いを反映しているのかも。

2013年12月 7日 (土)

ザ・コール 緊急通報司令室

 誘拐され車のトランクに閉じ込められた女性からの緊急通報を受けたオペレーターが救助のために奮闘する映画「ザ・コール 緊急通報司令室」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、看板館ながら2週目にして一番狭いスクリーンに格下げしたヒューマントラストシネマ渋谷シアター3(60席)午前10時30分の上映は8割くらいの入り。「おもしろさ絶対保証キャンペーン」と銘打ってはいますが、11月30日(封切り初日)から12月8日までに見た客で「おもしろくなかった…と感じたお客様に、支配人からのお詫びの気持ちとして、次回当館でお好きな作品が1,200円でご鑑賞頂ける割引券をお渡し致します」として、実は見る前から全員に割引券を配ってました。実質は映画館の販売促進セールかもしれませんが、「つまらなかった方へ…ごめんなさい」なんて大書されたカードを配られたら、それだけでよほど入りが悪いのか/評判が悪いのかと思ってしまいました。

 警察への911緊急通報(日本の110番に当たる)を受けるロサンジェルスのコールセンターのベテランオペレーターのジョーダン(ハル・ベリー)は、ある日、自宅に男が侵入しようとしているという少女からの通報を受け、2階の窓を開けて飛び降りたように装って隠れるように指示し、言う通りにした少女からうまく行った、男は出て行ったようだと回答を得てホッとするが通信が切れて慌ててコールバックしてしまい、その呼び出し音に気づいた男が戻ってきて、少女は殺害されてしまう。自責の念に駆られたジョーダンは、恋人のフィリップ警察官(モリス・チェスナット)や上司からジョーダンのせいじゃないと慰められるが、一線を退き後進の教育担当に転進した。しかし、6か月後、ジョーダンがオペレーター希望者を案内してコールセンターを訪れたとき、薬をかがされて車のトランクに閉じ込められた少女ケイシー(アビゲイル・ブレスリン)からの緊急通報があり、ケイシーが通報に使った携帯電話が友人のプリペイド電話で居場所情報が表示できないため電話を受けたオペレ-ターが対処できず、ジョーダンが交代する。ジョーダンの指示で車のテールランプを外して手を外に出したケイシーを見つけて後続車から通報があり車の所在を突き止めた警察は現場へと急ぐが、犯人のマイケル(マイケル・エクランド)も異常に気がつき…というお話。

 自分の指示・判断に人の生死がかかり、しかも迅速な判断・対応が求められる緊急通報司令室オペレーターの極度の緊張感・緊迫感と失敗したときの絶望感・自責の念が、最も見応えのあるテーマと場面で、そのオペレーターの心理をハル・ベリーが好演していたと思います。司令室全体の様子も、リアリティを感じさせました。
 映画としては、ケイシーからの連絡が途絶えた後、ジョーダンとしてはまわりから家で休めと言われてもそうはいかず、ケイシーからの連絡が期待できなければ現場へという流れになるのでしょうけれど、そこからはリアリティに欠けて行く印象を持ちました。ジョーダンの能力という点からしても、情報を集約する立場で判断し現場の警察官に指示し手配するのがジョーダンの仕事であり、また最も能力を発揮する方法である訳で、ジョーダンは現場に行ったら「ただの人」ですし、もしケイシーから再度連絡があったらどうするのか、その時はジョーダンが司令室にいてこそ対応できるはずです。私の感覚では、あくまでもジョーダンは緊急通報司令室に残り、警察官を現場に向かわせて指示することに徹した方が、リアリティと緊張感を維持できてよかったのではないかと思えました。
 後半のジョーダンが現場に向かってからの展開は、ストーリーとしては意外性やスリリングさを持たせているのですが、私は、技巧に走ってリアリティが失われていると感じました。ここは、好みが分かれるかもしれません。

 たぶん映画だからだとは思いますが、警察の緊急通報司令室で、名前を入力しただけで写真入りの個人情報がすぐさま出てくるというのは、ちょっと怖い。人の生死がかかっている緊急事態に人命救助のためという場面で見せられていると違和感を感じなくなってしまうのですが、こういうシステムがありデータベースが完備すれば、権力者・官僚は好き放題に個人情報を引き出し人々を管理できることになります。日本でも住基ネットに共通番号制度と行政による個人情報の管理と利用のシステムが蓄積されていますから、既にかなりの程度こういうシステムができているかもしれません。そういうことはきっと「特定秘密」にされて私たちには知らされずに運用されるのでしょうけれど。

 犯人がケイシーの携帯電話に気づき、ジョーダンが既に指紋から割り出した犯人の名前を呼ぶシーン。ジョーダンは、その子を傷つけずに解放してというだけで、今ならまだ間に合うと強い説得ができません。既に警察が把握しているだけで2人を殺害している(実際にはそれ以上に殺人を犯している)マイケルにとって、捕まれば死刑(カリフォルニア州は死刑存置州)確実ですから、逮捕を避けるためにあと何人殺しても同じ。今なら死刑にならずに済むとは言えませんし、言っても効果がありません。死刑制度があるがために、既に殺人を犯してしまった犯人のその後の暴走の歯止めがなくなるという、重罰化のジレンマを、弁護士としては感じてしまったシーンでした。

2013年12月 1日 (日)

ウォールフラワー

 心の病を抱え引っ込み思案で友達がいない高1青年が華やかな兄妹と出会い変貌する青春映画「ウォールフラワー」を見てきました。
 封切り2週目日曜日映画サービスデー、全国10館、東京2館の上映館の1つヒューマントラストシネマ渋谷シアター1(200席)午後0時25分の上映は9割くらいの入り。観客は若者が圧倒的多数。

 夫とうまく行かず「ひどい扱い」を受けていたヘレンおばさん(メラニー・リンスキー)との幼少の頃の関係とヘレンの交通事故死、親友の自殺などから心を病み入院していたチャーリー(ローガン・ラーマン)は、ミル・グローヴ高校に入学して再起を図るが友達ができず、評価してくれるのは国語(といっても英語)の教師アンダーソン(ポール・ラッド)だけだった。そんなある日、母校のアメフトの試合を見に行ったチャーリーは、入学早々教師の物まねをして教師から「ナッシング」とあだ名をつけられた同級生のパトリック(エズラ・ミラー)とその義妹サム(エマ・ワトソン)と意気投合し、パトリックの友人らに紹介され、パーティーにも参加するようになる。試験の成績が悪く希望の大学には入れないと悩むサムにチャーリーは勉強を教え、次第にサムに心を寄せていく。サムは同級生のクレイグとつきあっているが、チャーリーの誕生日でもあるクリスマス・イヴの夜ホームパーティーからチャーリーを自室に誘い、タイプライターをプレゼントし、チャーリーがキス未経験と知ると、自分のファーストキスは11歳の時父親の上司とだった、チャーリーのファーストキスはあなたを愛している人とであって欲しいと言ってキスをする。しかし、クレイグと交際を続けるサムを見て何も言えないチャーリーに、サムの幼なじみの親友メアリー・エリザベス(メイ・ホイットマン)が迫り…というお話。

 サムに思いを寄せ、キスまではしたもののその後もサムは別の男とつきあいまっすぐに進めずにいるチャーリー、アメフトチームのスターとゲイの関係だが人に知られないかとビクビクし相手の父親に知られて別れさせられるパトリック、度々酒に酔わされて男に弄ばれ今は同級生の男とつきあっているが二股掛けられているサムと、うまく行っているように見えても思いが通じなかったりして悩ましい青春像が描かれています。
 なぜ人は不適切な相手を選ぶのか?その相手が自分に見合うと思っているからという問答が繰り返し登場し、自分と自分が恋する相手の思いのちぐはぐさを象徴しています。

 心の病を抱え、引っ込み思案で、思いを寄せるサムが別の男とつきあっていてもサムが幸せでいればいいと黙っている超草食系(断食系かも)青年のチャーリーが、サムがクレイグの日常的な浮気に(ようやく)気がついて別れたプロムの夜にサムに誘われてサムの部屋で聞かれてようやくそのことを口にし、感激したサムから迫られてもキス以上のことはできず、その原因となっているトラウマのこともサムに言えず…というものすごくまどろっこしい青年が、紆余曲折を経て好きな人の理解を得るという展開は、さして取り柄のない引っ込み思案の少女が学園の人気者から告白されるという昔の少女マンガの男女入れ替えバージョンのよう。時代が変わったということかとも思いますが、そううまく行くものか…
 もっとも、チャーリーとサムがHしたかどうかは、カミさんと見方が分かれました。私は、ヘレンおばさんとの過去を繰り返しフラッシュバックさせ、翌日のサムの旅立ちの際にもキスはしたものの今後のことをひと言も約束しない様子に、キス以上のことはできなかったと判断しましたが、カミさんは体をなで回してソファに倒れ込んだところでカットしてるんだからしたでしょといいます。う~ん、みなさんどうでしょう?

 映像は現代的ですが、音楽メディアがカセットテープだったり、ロッキー・ホラー・ショーの舞台公演が登場したり、タイプライターがプレゼントされたり、設定はかなり古い感じ。映画の中では具体的な年代は語られていなかったと思いますが、原作は1999年発表の小説で、自分の物語を誠実に語ったという作者(この映画の監督でもあります)が1970年生まれですから、1980年代の話と判断しました。でも、最初に触れたように観客のほとんどは若者で、主要な3人の俳優が実年齢20歳そこそこでもあり、1980年代の青春のノスタルジーに浸る層ではなく現役青春層が集客されているようです。

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