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2013年2月

2013年2月24日 (日)

ダイ・ハード ラスト・デイ

 ブルース・ウィリスを人気スターに押し上げた「ダイ・ハード」シリーズの第5作「ダイ・ハード ラスト・デイ」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、新宿ミラノ1(1064席)午前10時40分の上映は1割くらいの入り。

 過去4度にわたりテロを阻止したニューヨーク市警の刑事ジョン・マクレーン(ブルース・ウィリス)は、長く会っていない息子のジャック(ジェイ・コートニー)がロシアで逮捕され裁判を受けることを知り、ジャックを引き取ろうとモスクワに向かうが、裁判の日に裁判所が爆破される。ジャックが被告人のコマロフ(セバスチャン・コッホ)とともに逃走しようとするのを見つけたジョンはジャックを問い詰めるが、ジャックは振り切って逃走する。コマロフとジャックを多数の者が襲撃・追跡するのを見たジョンは、ジャックを側面支援し、ジャックらを追跡し続けた装甲車を転覆させたところでジャックと合流する。そこでジャックは、ジョンが引き留めて逃走が遅れたために作戦が失敗したと罵るが、たちまちのうちに次の襲撃を受け・・・というお話。

 前半はカーアクション、後半はガンアクションが見せ場のアクション映画です。カーアクションは、普通のカーチェイスの他の車の間をハンドル捌きですり抜けていくという発想ではなく、他の車にがんがん衝突して押しのけていくもので、それはそれで1つのスリルなんでしょうが、スマートさを欠く印象です。ガンアクションもマシンガン中心で、とにかく派手に撃ちまくるもので、轟音が続き火花が散っていれば興奮するという向きにはいいんでしょうけどってところですね。
 アクションと別に、ジョンとジャックの父子の、不器用でぎこちない親子愛が主要なテーマになっています。父のしかたないなぁという表情ではありますが、比較的素直に見せる息子への愛情と、息子の大人になって親子仲良くなんて気持ち悪いという態度に隠れたややひねくれた父への思いが、随所に表現されています。マッチョの権化のようなブルース・ウィリスが、息子に「ジョン」と呼び捨てにされても文句一ついわず、”Dad”(おとうさん)と呼ばれたがっているというのも、笑えるというか切ないというか。やっぱり父親はどこか報われないというか損だよねという思いを持ってしまいますが、そういうブルース・ウィリスに共感するお父さん世代がこの映画の支持者という感じでしょうか。

2013年2月23日 (土)

ジャッジ・ドレッド

 犯罪者をその場で処刑する権限を持つ究極の裁判官が麻薬密売組織が支配する200階建てのビルに閉じ込められて戦うガンアクション映画「ジャッジ・ドレッド」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、全国20館、東京で2館の上映館の1つ新宿ミラノ2(588席)午前10時30分の上映は、入場者プレゼント(トートバッグ)付きでも1割くらいの入り。

 核戦争後の荒廃したアメリカには廃墟と超高層ビルに多数の人々が住み人々の心は荒廃し犯罪が多発して治安は崩壊しつつあった。その中で裁判所は犯罪者に対しその場で処刑する権限を持ち、治安維持に向けて戦っていた。強大な権限を持つジャッジの1人であるドレッド(カール・アーバン)は、ある日、試験で合格点に達しなかったが超能力を持つ新人アンダーソン(オリヴィア・サールビー)を適性検査のために連れて、犯罪現場の超高層ビルピーチツリーに向かった。麻薬密売をめぐる抗争事件と判断したドレッドは、ビルの中の組織のアジトで容疑者のケイ(ウッド・ハリス)を逮捕し連行するが、それに気付いた組織の首領ママ(レナ・ヘディ)がビルを閉鎖し、住民7万5000名に対しジャッジを匿えば殺すと宣言し、配下の者たちにジャッジの抹殺を指令した。ジャッジ・ドレッドはアンダーソンとともにケイを連行したままママのいる最上階に向かって行くが・・・というお話。

 内容は、理屈抜きのひたすらガンアクションというか、殺戮シーンや転落死体とかスプラッター系という感じもする残虐シーン満載のヴァイオレンスもの。R15+指定は当然という作品(ヨーロッパでは18禁だとか)。
 犯罪者に対しては、裁判などの手続は不要でその場で処刑すればいいという主張が強烈に打ち出された作品で、日本でも似たようなものは時折見られますが、そういうものが人気を博することには寒気を覚えます。そして、その主人公が、裁判官として現れるとなると、なおさらです。私の感覚では、ドレッドは裁判官のイメージとは真逆で、これがアメリカやイギリス(原作はイギリスのコミックだとか)で人気だといわれると当惑します。あの適正手続重視の訴訟社会のアメリカで、ジャッジは陪審員であるはずのアメリカで、こういう問答無用の独裁者型の裁判官像が願望としてでも受け入れられるのでしょうか。むしろそういうところに関心を持ってしまいました。
 ドレッドが最後までマスクをしたままで顔も見せず、内心の吐露や迷いを見せるシーンもない(口元や声、動作のニュアンスで感じ取れる部分はないではないですが、少なくとも犯罪者のその場での処刑には迷いは見せない)ことで、犯罪者なんてさっさと始末すればいいと思ってる人か単純に派手なアクションがあればいいと思ってる人以外には、楽しみにくい作品に終わっていると思います。ドレッドを超越した存在としたいという意向が強いからでしょうけど、人の心を読む超能力者のアンダーソンがずっとドレッドに同行していながらドレッドの心を読むシーンがないというのはストーリー的にも無理があると思うのですが。

2013年2月 3日 (日)

ユダ

 歌舞伎町の伝説のキャバクラ嬢の自伝を映画化した映画「ユダ」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、新宿ミラノ3(209席)午前11時50分の上映は1~2割の入り。

 将来を誓った恋人の子を身籠もった高校生絵里香(水崎綾女)は、恋人と親友がHしている現場を目撃し、恋人に詰め寄るが、捨てられる。包帯を当てたまま出たバイト先で客に苦情を言われてクビになり、帰りがけに声をかけてきたキャバクラのスカウト新海(田島優成)を訪ねて、中絶費用ほしさに5日間バイトした絵里香はそのままキャバクラで働き、ナンバー1になる。上を見つめて歌舞伎町でナンバー1になってみせると考えた絵里香は新海の紹介で歌舞伎町の高級キャバクラエデンに前の店で世話になったキャバクラ嬢「胡桃」の源氏名で勤めることになる。2か月でナンバー2となる新記録を打ち立てた胡桃はそれでも満足せず、あくまでもナンバー1を目指すが・・・というお話。

 原作本では上下2巻8年分の玉石混淆、多岐にわたるエピソードが詰め込まれていますが、これを上昇志向の2年間の数本のエピソードに刈り込んでシンプルにしています。
 多数登場する男たちとのエピソードは、スカウトした新海、初めての客のサラリーマンでそのまま貢ぎ続けて1000万円もの借金を抱えて破滅する名輪(水橋研二)、ナンバー1キャバクラ嬢美々のパトロンだった冴木社長(板尾創路)、若きヤミ金融の経営者大野(青柳翔)の4人に絞り込み、名輪と冴木は胡桃の踏み台・胡桃の冷酷さを表現する素材となり、大野は胡桃のキャバクラ嬢としての上昇志向とともに恋心をそそる相手として、新海はある種の理解者として、胡桃の人間性を見せる素材となっています。
 原作では、新海ってこんなきれいな役じゃなかったような気がしますし、高校のときに絵里香をブスと罵って振った男が整形した胡桃に気がつかず通い詰めるのをほくそ笑んでいたぶるエピソードは残して欲しかったように思いますが、2時間くらいで見せるにはこれくらいシンプルにしないといけないんでしょうね。
 そういう構成を考えるなら、美々との関係ももう少し描き込んでもよかったような気がします。一応、対立し蔑まれて屈辱感を持つ胡桃、不良の客に犯されそうになってともに逃げ出して連帯感を持つ美々、その信頼感から休む日にパトロンの冴木の接客を任せた美々、美々の信頼を裏切り冴木のアフターの誘いに乗る胡桃、美々が出勤しても胡桃を指名する冴木に一緒に暮らそうっていったのにと泣きつく美々・・・とエピソードは並べてあるのですが、大野との関係のようにこちらも一つの軸として流れを明確にすると、映画としてもっとよかったのではないかと思いました。

2013年2月 2日 (土)

塀の中のジュリアス・シーザー

 イタリアの刑務所の囚人たちが演劇実習でシェークスピアの「ジュリアス・シーザー」の公演を成功させるまでを描いた映画「塀の中のジュリアス・シーザー」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、全国3館、東京で唯一の上映館銀座テアトルシネマ(150席)(5月31日閉館)閉館カウントダウン3、12時40分の上映は8割くらいの入り。

 イタリア郊外のレビッビア刑務所では、囚人たちによる演劇実習が定期的に行われ、プロの演出家が指導し、刑務所内の劇場で一般人観客を前に公演をしている。演出家が今年の演目をシェークスピアの「ジュリアス・シーザー」と決めたところから、囚人たちのオーディション、配役決定、練習風景を映してゆく。練習の過程で、過去を思い出して台詞に詰まり、感情的になり練習が止まり・・・というお話。

 出演者が、いずれも実在の長期受刑者(ブルータス役の俳優は、この映画撮影以前に釈放されてプロの俳優となり、この映画のために呼び戻されたそうですが、それでもこの刑務所出身)で、実質的にはドキュメンタリーとも言えますし、見た感じは、メイキング「ジュリアス・シーザー」という赴き。
 受刑者たちが、練習に引き込まれていく様子は、それなりに魅力的なんですが、囚人たちがみんな最初からやる気満々で、ほとんど一糸乱れずという感じで演劇に入っていくのがちょっと拍子抜けします。長年続いた矯正プログラムで既に浸透しているから波風も立たないというか、波風立たせたら刑期にも影響しかねないから実際には波風立たないんでしょうけど、ドキュメンタリーじゃなくエンターテインメントとして見せるのなら、バラバラの囚人たちを少しずつ演劇でまとめていくという過程や途中かならず訪れる崩壊の危機を描いて、本当に公演なんてできるんだろうかというハラハラ感を持たせて欲しいなと思ってしまいました。
 2012年ベルリン映画祭金熊賞のタイトルに惹かれて見に来ている観客が多いんでしょうね。エンドロールが始まるや席を立つ客が多かった印象です。ドキュメンタリーとしてみれば、いい線行ってると思うのですが。ドキュメンタリーなのかエンターテインメントなのかが、つくりとしても宣伝としてもどっちつかずというかむしろエンターテインメント方向に見せているために、観客の期待とミスマッチを生じているのだと思います。

 さて、わりとユニークな上映プログラムというか、ハリウッド系や邦画の売れ筋をあえて拒否してきた感じで閉館が惜しまれる銀座テアトルシネマ。閉館カウントダウン2は3月9日から2012年カンヌ映画祭パルムドールの「愛、アムール」。カンヌのパルムドールを毎回見に行きたがるものの見に行くとたいてい横で寝てる人は今度はどう出るか・・・

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