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2012年6月

2012年6月30日 (土)

ブラック・ブレッド

 スペイン内戦後の傷跡の残る村での殺人事件をめぐるダーク・ミステリー「ブラック・ブレッド」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、全国4館、東京2館の上映館の1つ銀座テアトルシネマ(150席)午前9時45分の上映は3~4割の入り。

 森の奥で父親の仕事仲間のディオニスとその息子のクレットが息絶えようとしているのを目撃したアンドレウ(フランセス・クルメ:新人)は、警察で目撃状 況を聞かれるが、同行した父ファリオル(ルジェ・カザマジョ)が左翼活動家でディオニスとともに村八分にされ鳥の鳴き声大会などを行っていたことから警 察に目をつけられ、祖母の家に預けられて父が村から姿を消してしまう。祖母の家から新しい学校に通い、まわりの子供たちから冷やかされながら、従姉のヌリ ア(マリナ・コマス)に大人たちが隠しているさまざまなことを知らされるうち、父親は警察に逮捕され、アンドレウはディオニスの妻から父とディオニスの秘 密を聞かされ・・・というお話。

 スペイン内戦後の勝ち組と負け組がいがみ合いながら住む村、貧しい時代あるいは貧しい村という設定の下、勝ち組側、資産家側の醜さを描いていることも確 かですが、結局のところ、ストーリーとしては、反体制のあるいは左翼活動家の末路は、いくら理想や理念をいっても結局は村八分にされ悪事に手を染め、その 妻は夫を救うために操を捨て屈辱を忍び、子は父や母の生きた道ではなく別の道を進んで子にも見捨てられるというように、反体制派に「こっちの水は甘いぞ」 と誘いかけるように見えます。こういう作品を見るたびに、特に妻が夫を救うために性的な屈辱を受けるとか夫を裏切るとかいうシーンを見ると、心をえぐられ る思いをするとともに、制作者側の反体制派への悪意を感じます。

 事故で左手首から先を失い、教師と関係を持つヌリアの登場で、ヰタ・セクスアリス的な展開を予想しました。私が小学生の頃こういう年上の子に導かれたら たぶん別の人生が待っていたかもなんて幻想/願望込みで。ここでのアンドレウの潔癖さが、後の展開を哀しいものにもしているのですが。
 ただ、この映画でのヌリアの役回りは、薄幸の身で娼婦のようにいわれ蔑まれてアナーキスト的に振る舞って結局相手にされないという道化役ないしはアナー キストの末路的なもので、これまた見ていて哀しい。私は、やはり制作者の外れ者への悪意を感じてしまいます。「ゲド戦記」(映画じゃなくて小説の方)でテ ハヌーが希望の星とされたのとは対照的ですね。

2012年6月24日 (日)

ワン・デイ 23年のラブストーリー

 惹かれあいながらも「親友」でいることを選んだ男女の23年間を毎年の7月15日で描いた恋愛映画「ワン・デイ 23年のラブストーリー」を見てきました。
 封切り2日目日曜日、TOHOシネマズ渋谷スクリーン6(215席)午前9時35分の上映は1~2割の入り。

 1988年7月15日、大学の卒業パーティーのバカ騒ぎの帰りに憧れの目で見ていたデクスター(ジム・スタージェス)から送っていこうかと誘われたエマ (アン・ハサウェイ)は、2人でベッドに入りながらも不器用にすれ違い、思いの残しつつHせずに別れた。その後テレビ局で低俗番組の司会者として若い軽い 女性に囲まれて華やかに遊び回りながらも局の上司や親の視線に自信を失い嘆くデクスターと、作家を志しながら芽が出ずレストランで働く地味な生活を送るエ マは、時に電話で慰め励まし、時にともに旅行し、時に別の相手と会う7月15日を過ごし続けていた。職場で誘い続けてくれるコメディアン(レイフ・スポー ル)と一緒になってはみたものの今ひとつ愛せない思いを持つエマと会いながら席を外しては他の女性に視線を送り続けるデクスターにエマが失望して離れた年 も、若いときの勢いを失い仕事に陰りが見えたデクスターができちゃった婚しその後離婚して泣き濡れた年もあった。そういう年月を経て2人は・・・というお 話。

 惹かれあいながらも親友でいることを選んだ男女の23年間ということから事前に持っていた予想は、前半はほぼその通りに進み、そして後半2つの点で唐突に裏切 られます。もっとも、冒頭のシーンでそれは示唆されていたのではありますが。遠回りする2人のラブストーリーという捉え方でいた方がフィットするかなとい う感じです。
 多くの女性と関係を持つモテ男だったデクスターが次第に仕事に陰りを見せ両親にも失望され、経済力も当てにした相手とできちゃった婚したあげくに妻にも 裏切られて次第に落ちていくのに対して、作家としてデビューすることもできずにコメディアンと暮らしていたエマが着実に暮らしながらヒット作を生み出して いくという設定で、2人の思いが続いていきます。逆だったらデクスターはエマを忘れて他の女性に走ったと予想されますが、これはデクスターにとって都合が いい/ムシがいい話と評価すべきか、ウサギとカメ/アリとキリギリス的なエマの勝利の話と読むべきか・・・
 そういうストーリーの支えもあってアン・ハサウェイが年を経るにつれ魅力的になっていく感があるのですが、ジム・スタージェスの方も落ちぶれていきなが らどこか人間味が出て魅力がにじんでくるように見えます。単におじさんの目からは自分の年に近づいてくる方が親しみを感じるということかもしれませんが。
 毎年の7月15日、聖スウィンジンの日であり2人が初めて言葉を交わし親しくなった日でありその後さまざまな想い出を重ねていく日を描き続けていく中 で、さまざまな局面が登場します。たぶん多くの観客が、ここで2人はどうなる、ありていにいうとHしちゃうだろうかという興味を持ちながら見る映画だと思 いますからそこはいいませんが、ここで自分だったらどうするだろうかということを楽しめるというか突きつけられる映画です(カップルで行くと後者になりが ちかも)。

 1996年の7月15日、エマの台詞「心から愛してる。でももう好きじゃないの」(英語では、I love you so much, but can't ...like you any more:途中ひと言ふた言聞き取れませんでした)。私にはわからない。likeじゃなかったら、loveでもないと思うんだけど。ここでloveは 「恋」のイメージじゃなくて人間愛的な意味合いになるんでしょうか。カミさんはエマの気持ちよくわかるっていうんですが。うーん、そのあたりに壁があるよ うな気がする。

2012年6月23日 (土)

アメイジング・スパイダーマン

 スパイダーマンの新シリーズ「アメイジング・スパイダーマン」を見てきました。
 「世界最速」3D公開を2012年6月30日に控え、その前に行われた「先行上映」初日午前9時から(少なくとも東京最速:東京以外まで調べる気になれませんでし たけど)のTOHOシネマズ渋谷スクリーン3(297席)は3~4割の入り。いかな初物とはいえ、土曜日午前9時からはちょっときつい。

 幼い頃両親の手で伯父・伯母夫婦に預けられ(その後両親は事故死と報道)高校生となったピーター・パーカー(アンドリュー・ガーフィールド)は、ある 日、父親のカバンの中に数式が書かれたファイルを発見し、伯父から父親の同僚だったコナーズ博士(リス・エヴァンス)の消息を聞かされる。コナーズ博士の 勤務するオズコープ社に潜入したピーターは、思いを寄せる同級生グウェン・ステイシー(エマ・ストーン)がコナーズ博士のチーフ・インターンを務めている ことに驚きつつ、研究室内に潜入し実験装置をいじっているうちに飼育されていた蜘蛛に噛まれてしまう。自分の手足が壁などに吸いつき、怪力となるなどの体 の変化に戸惑い、持て余して周囲と問題を起こし、コナーズ博士と父親の研究を知ろうと夜間も徘徊するピーターを伯父は叱責し、飛び出していったピーターを 追っていた伯父はピーターがあえて見逃した泥棒を取り押さえようとして撃たれ非業の死を遂げる。伯父を殺した犯人を捜し求めて夜のニューヨークを徘徊する ピーターは、チンピラやこそ泥と度々けんか騒ぎを起こし、顔を見られないようにマスクと赤青のボディスーツを身にまとったことから注目され、警察から追わ れることになる。グウェンから夕食の招待を受け、20階の部屋の窓から現れ自らの素性を明かしたピーターにもグウェンは好意を示し、思いが通じるが、グ ウェンの父親はニューヨーク市警の捜査主任で、スパイダーマンを追っているキャプテン・ステイシー(デニス・リアリー)だった。一方、自らも右腕を失い、 異種遺伝子交配による再生医療を追い求めるコナーズ博士は、ピーターが父のファイルから書き写して示した数式で実験に成功し、それを知った社から直ちに人 体実験をするよう求められる。良心と社の命令に挟まれて窮余の一策として自ら血清を注射したコナーズ博士はオオトカゲに変身して大暴れし、それを知った ピーターは自分が止めなければと立ち向かうが・・・というお話。

 荒唐無稽なヒーローもののアクション映画ですが、基本線が、人間の過ちと自責の念というあたりに置かれていて、ダークトーンの映画になっています。夜のニューヨークを舞台にしたすさんだ高校生ものという舞台・人物設定もそれにマッチした感じです。
 素直でない荒んだ態度で伯父の叱責を買い、そのことから伯父を死なせ伯母を悲しませることになったことへの後悔に暮れるピーターの心情は、危険な17歳とかワイドショーあたりが言い立てたがる不安定な成長期の高校生のありさまをよく示していると感じられます。
 かつて、社の命令に背いたピーターの父らを追い落とし、その思いから社の命令を拒否したものの、解雇を言い渡され、社が患者を騙して人体実験をすると聞き、思い悩むコナーズ博士の心情もまた、悪用されうる科学テーマを研究する研究者の良心の問題を示しています。
 ヒーローの戦う姿の華々しさよりも、帰ってこないかもしれない戦いに向かわせることへの抵抗感、待ち続ける身の不安感が、グウェンとピーターの伯母の言葉と態度で強く表されています。
 そういう手放しの賞賛でない新たなヒーロー像が示されている映画ですが、それでもなお自分がやらねばという使命感で戦うところにまたヒーローのかっこよさを見いだすという構造でもあるかなと思います(これって、「止めてくれるなおっかさん」ですか・・・)。

 ピーターとグウェンの恋愛は、明らかにグウェンが上手。バルコニーで、グウェンが明らかに告白を待っているのに、ピーターは自分がスパイダーマンだとい うかどうかを思い悩み尻込みするズレは、まぁご愛敬としても。恋愛の機微というか、駆け引きでは、大抵の男は女に太刀打ちできないということを再確認する思 いです。

 エンドロールの後、言わずもがなの続編の示唆がされています。続編は当然作られると予想していますが、こういうの、なんか後味が悪い。

2012年6月16日 (土)

ホタルノヒカリ

 恋愛するより家で寝ていたい干物女とぶちょおの恋を描いたTVドラマを映画化した「ホタルノヒカリ」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、新宿ピカデリースクリーン1(580席)午前9時20分の上映は1割くらいの入り。公開最初の週末興行成績微妙に1位(動員数。興収は3D公開のためもありMIB3が1位って)も、雨の土曜日午前9時台に見に行く物好きは・・・。

 高野部長(藤木直人)と結婚した後も家ではジャージ姿で縁側でごろごろし続け会社では仕事に追われる蛍(綾瀬はるか)は、ぶちょおにいわれてしぶしぶ ローマへの新婚旅行を約束したが、果たせないままに半年が過ぎていった。準備をすると言ったままほったらかしの蛍のスーツケースにネコが住み着くように なって、諦めたぶちょおは見本市の視察のために単身ローマに行くと宣言。さすがに慌てた蛍は一緒にローマに付いていくが、イタリア語もしゃべれず、ホテル の部屋も1つしかなく自由におならもできないと、日本に帰りたいを連発する。ぶちょおが見本市に出かけているうちに、ホテルの部屋に来たイタリア版干物女 冴木莉央(松雪泰子)が、ぶちょおのトランクから覚醒剤を見つけたといい、蛍は大慌て。トランクは、莉央を訪ねてきた弟(手越祐也)のトランクと空港で取 り違えたことがわかるが、弟の手前見栄を張り、ぶちょおが自分の婚約者と紹介する莉央に驚きつつ莉央の身の上を聞いているうちに、ぶちょおは厳つい男に連 れ去られてしまう。携帯電話に出た莉央からマフィアが絡む誘拐だと知らされて一睡もできない蛍。女装してダンスを踊らされ男に迫られるぶちょお。ぶちょお と蛍の運命やいかに・・・というお話。

 高級ホテルに長逗留しつつジャージにちょんまげ姿で辺りを徘徊するイタリア版干物女莉央の夫と子どもを失って自暴自棄になりいじけた様と、たしなめる 弟、莉央に翻弄されるぶちょおと蛍という構図のお話です。ドラマの人物設定と人間関係を活かして、ストーリー展開は新たな登場人物まわりで図るという、ネ タに困ったシリーズものの定番の展開というところ。蛍とぶちょおの姿を見るだけでうれしいドラマファンにはいいでしょうけど、ドラマを見ていない観客(私 はテレビほとんど見ませんので、これも見てません)には、ちょっとしんどい感じがしました。
 ローマへの新婚旅行と海外ウェディングに憧れるぶちょおと干物女蛍の関係は、最近見た「ガール」(2012年5月26日の記事参照)の香里奈と向井理の関係の逆バージョンともいえ、微笑ま しい。こういうのたぶん実際にもよくあるんだと思う。それなら干物同士とメルヘン志向同士でくっつけばいいじゃないとも思いますが、そうもいかないのが男 女の仲のおもしろい/悩ましいところ。
 縁側で寝転がってビールを飲みながら、ぶちょおにあたりめを取ってくれとせがむ蛍に、たった2cm手を伸ばすのを面倒がる女と心の中で評価するぶちょお と、思案顔のぶちょおを見てキスして欲しいんだわと思う蛍のすれ違いを描くシーン。う~ん、ここ、それ以前に蛍が2cm先のあたりめを「取って~」と言っ てるのは、面倒くさがってるんじゃなくて、甘えてるんだと思うけどなぁ。

 帰りの飛行場に向かう途中で、思い直して教会で結婚式を挙げるぶちょおと蛍。飛行機はどうしたんだろ。イタリアじゃ、飛行機が時間通りに出発するはずがないって?

2012年6月10日 (日)

ケイト・レディが完璧な理由

 家庭と仕事を両立させるべく奮闘する女性の姿を描いた映画「ケイト・レディが完璧(パーフェクト)な理由(わけ)」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、全国で19館、東京で3館の上映館の1つヒューマントラストシネマ有楽町シアター2(63席)の12時05分の上映はほぼ満席。

 ボストンの投資会社のファンドマネージャーで2児の母であるケイト・レディ(サラ・ジェシカ・パーカー)は、建築会社を経営する夫リチャード(グレッ グ・キニア)と良好な関係を持ちつつ、6歳の娘エミリー(エマ・レイン・ライル)を幼稚園に送り、2歳の息子ベン(セオドア&ジュリアス・ゴールドバー グ)には学生のナニーを雇い、仕事もこなして幸せな生活を送っていた。もっとも、幼稚園のバザーには買ってきたパイを手作りに見せかけて出し、出張から帰 ると娘にはママはいつもいないとなじられてハグも拒否される始末。ある日、ケイトの企画がニューヨーク本社の責任者ジャック・アベルハンマー(ピアース・ ブロスナン)に評価され、ケイトは新たな投資信託商品の開発のためニューヨークに度々出張することになり、同じ頃リチャードの会社も大口の取引が舞い込 み・・・というお話。

 バリバリ仕事をしながら、子育ても夫との関係もって、完璧にこなせるはずがない。会社では上司・同僚の無理解と偏見、幼稚園のママ友たちの嫌悪と嫉妬、 夫の不満、子の糾弾や無言の抵抗に遭い、幸せな日々なんて遠い夢。あなたがんばりすぎよ、もっと力を抜いて・・・たぶん日本映画だとそういう路線になると ころですが、この映画では、髪を振り乱し空回りしながらも進み続ける姿が描かれています。
 シラミに悩まされ(打ち合わせ中に髪をかきむしる)、部下から「臭う」といわれながら仕事を続けるキャリアウーマンって、日本の映画じゃ見られないと思う。
 6歳の娘になじられ、今度は・・・と約束してもママは約束するだけで守らないから(You only promise.)って突き放されるの、自業自得とはいえつらいですよね。その娘が、終盤でママが今度は必ずっていった約束を信じているというのが、おま せに見えてもやっぱり子どもというのか、この映画の性善説敵性格というか。
 これからさらに出張漬けになると、抱きつきながらいうケイトに対して「これから来る波乱の日々をセックスでごまかそうって?」というリチャード。あっさ り「Yes」というケイトに、「いいね」と応じるリチャード。このリチャードの諦念と前向きさが夫婦和合の秘訣か。ふつうの映画なら、ここで罵り合い、ど ちらかが出て行くという展開になりそうなところですけど。同僚との間で、「セックスで仲直りなんて」「成功率100%」とかいう会話もあり、男は結局それ で丸め込めるっていわれている感じ。馬鹿にされているような正しいような少し複雑な気分。

 登場人物(脇役)のインタビュー形式での語りが入り、特にケイトの同僚の語りで働く女性の置かれた立場の厳しさが語られ、男女差別が糾弾されています。正しいようにも思えますが、映画として見るとちょっと鼻につくところもあります。
 子どもがけがをしたとき男が仕事を休むと愛情あふれる父親と評価され、女が仕事を休むと管理能力に欠けると評価されるって。子どものために男が仕事を休んだら愛情あふれる父親って評価するのはママ友たちで、そんな評価をする使用者(経営者)がいるとは思えないんですが。

 結局はケイトが失敗を犯すことなく、夫婦間でも多少の感情のこじれはあっても大きな危機には至らずハッピーエンドにひた走るというのが、働く女性に不安 感・失望感を与えず元気をあげるということにつながるのでしょうし、安心感を持って見ていられますが、ストーリーとしては平板で説教臭さが残るともいえま す。

2012年6月 9日 (土)

ジェーン・エア

 不幸に襲われながら自立心と誇りを持って生きる19世紀半ばの女性の生き様を描いた映画「ジェーン・エア」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、全国10館、東京では2館の上映館の1つ新宿武蔵野館スクリーン2(84席)午前9時30分の上映は7~8割の入り。観客層の多数派は中高年女性2人連れ、次いで中高年男性1人客。

 幼い頃に両親を亡くし、伯父に引き取られたが伯父の死後その自己主張の強さを伯母に嫌われて寄宿学校に入れられ、寄宿学校でも従順な態度を取れないとこ ろから虐待・疎外され続けたジェーン・エア(ミワ・ワシコウスカ)は、旧家のソーンフィールド館の家庭教師となる。日頃当主不在のソーンフィールド館は家 政婦のフェアファックス夫人(ジュディ・デンチ)が取り仕切っていたが、ある日郵便を出しに行ったジェーンに馬が驚いて帰宅途中の当主ロチェスター(マイ ケル・ファスベンダー)は落馬して負傷してしまう。館に着いたロチェスターはジェーンを詰問するが、ジェーンは物怖じせず応酬する。ロチェスターは、 ジェーンの教養と自立心に関心を示し、次第に態度を軟化させ、対等の態度を取るようになっていき、ジェーンはロチェスターに心惹かれていく。ロチェスター と交際していた貴族の子女イングラムを捨てて、ジェーンに求愛するロチェスターに、ジェーンは結婚を承諾する。しかし、結婚式に駆け込んできた男から、ロ チェスターが財産目当てにその男の妹と15年前に結婚し、今も妻を屋敷内に幽閉していることを知らされたジェーンはロチェスターの元から逃走し・・・とい うお話。

 幼い頃から自分の主張を曲げず、寄宿学校でも緊張からミスをして鞭打たれる少女を救うために自ら持っていたものを落として大きな音を立て自らが罰を受け る、優しさと信念を持ちそして意固地さと不器用さが目に付くジェーンは、現代においてもなかなか生きにくいタイプです。それが1840年代のイギリスでの 話ですから、ジェーンのつらさは想像に難くありません。そしてジェーンのような資質というか性格を持ちつつジェーンのように生きられずにつぶされていった 無数の少女たちの志も。
 そのジェーンが現在また評価されるのは、ジェーンのような女性が今もなお生きにくい世情だからでしょうか。

 恋愛映画として見たとき、自立心を持ち鼻っ柱の強いジェーンが、陰鬱で我の強いロチェスターに惹かれていくのは、強い女性もより強い男性に惹かれるとい うあくまでも男性がより強い(強くあるべき)という信仰のなせる技でしょうか。その意味ではおれ様志向の性格の悪いイケメンがモテる韓流ドラマと同じ傾向 なのかも。後半というか、この映画の構成では最初と終盤に登場するジェーンの危機を救った誠実なタイプの宣教師セント・ジョン・リバース(ジェイミー・ベ ル)の求婚をジェーンが断ってロチェスターに走るというあたり、ますますその傾向が見えます。といっても、ジェーンに断られたときのリバースの言い様は けっこう居丈高で、この人もまた実はおれ様キャラともいえます。19世紀イギリスの男って、どのみちみんな男尊女卑のおれ様タイプというべきかもしれませ ん。
 もっとも、恋愛面で見ると、幼い頃から男性とのつきあいもなく女子ばかりの寄宿学校で育ち家庭教師としても日頃は女性ばかりの館で過ごしたジェーンが、 実質的には初めて近くで過ごした男性ともいえるロチェスターに、免疫がない故に思いを募らせ、ファースト・キスも交わし(それ以上については映像化されて いないので判断保留)、初めての男性故にその後も固執するという面もあります。そう考えると、少なくとも恋愛面ではジェーンは古風な女性とも評価できま す。
 館も焼け落ち、視覚障害者となったロチェスターの元に戻るという選択は、純愛と見るべきか(それが素直でしょうね)、自分が優位に立ち囲い込めるという 余裕と自己満足か。前者であれば、自立した尊厳を守る女性の生き様といいながらも愛する男性に奉仕する後半生が待っているという解釈に流れるでしょうし、 後者であれば自立心をまっとうしつつでもその自立心はどこかいやらしく見えてしまいます。もちろん、一番現実にありがちな感じがする落ちぶれたロチェス ターの姿を遠くからチラ見してさよならするという選択肢では気高さが感じられませんから、こうならざるを得ないでしょうけど、ちょっとすっきりしない感じ が私には残ります。原作の発表された19世紀イギリスの感覚で言えば、家庭教師女性が旧家の当主と対等ないし立場逆転ということ自体で十分にショッキング だったのだと思いますが。

 ジェーンの逃走に気付き、ロチェスターが館から荒野に向かい「ジェーン」と叫ぶシーン。シチュエーションも荒野の明暗も、もちろん違うのですが、荒野に 向けて「ジェーン」と叫ばれてしまうと、「カムバーック!」と叫びたい衝動に駆られてしまい、シリアスな場面がちょっとコミカルに思えてしまいました。

2012年6月 3日 (日)

君への誓い

 妻が交通事故で夫との結婚生活だけ記憶を喪失し、夫が妻の愛を取り戻そうとするという、どこかで聞いたような設定の恋愛映画「君への誓い」を見てきました。
 封切り3日目日曜日、ヒューマントラストシネマ渋谷シアター2(183席)午後0時30分の上映は1割くらいの入り。日曜日午後で恋愛映画なのに一人客の方が多い(っていっても十数人の中でですが)ってなんなんだろう、これは。

 資産家の父の下でロー・スクールに通う生活を捨て、美術館付属の大学で学んでいたペイジ(レイチェル・マクアダムス)は、大学で知り合ったレオ(チャニ ング・テイタム)と、友人たちの祝福を受けて結婚式を挙げ、ペイジは彫刻家となり、レオは音楽スタジオを経営し、幸せな結婚生活を送っていた。そんなある 日、2人は交通事故に遭い、ペイジは、レオとの4年間だけ記憶をなくしてしまう。レオと結婚生活を送っていたことは認識しつつも記憶は戻らず違和感を持つ ペイジは、レオとの生活を続けようとしつつ、両親の下にも赴き、行きつ戻りつしながら、かつての婚約者ジェレミーも絡み気持ちが整理できないでいた。妻をも う一度取り戻そうとするレオはさまざまな試みをするが・・・というお話。

 夫との結婚生活の記憶を失った妻に対して夫はその妻との結婚生活を取り戻そうと涙ぐましい努力をするという、たぶん女性にとっては夢・ファンタジー(もっとも 夫への愛情がない妻には悪夢かも)、男性にとっては悪夢(やはり妻への愛情がない夫にはこれ幸いの願望かも)のストーリー。
 でも、この制作側に都合のいい、ありがちな設定ですが、夫との結婚生活の記憶だけがないというのは、やっぱりそこに何か思い出したくないトラウマがある 場合なんじゃないでしょうかねぇ。素人の無責任な感想ですが。そういう意味でも、いかにもためにする設定という感じがして、そこからしらけるんですよね。

 前日のMIB3に続き、連日ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメントで、公式サイトに何にも情報がない、映画の感想を書くには悪夢のような事態(ソニー・ピクチャーズは、映画のサイト作るのやめた方がいいと、私は思う)。
 字幕の文字がかなり小さくて、私にはほとんど読めませんでした。これも、私には悪印象。

 この作品でも、ペイジの元婚約者の悪役は弁護士(公式サイトでキャスティングさえ書いてない)。アメリカの恋愛映画の悪役ってやたら弁護士が多い気がするというのは、私の僻みでしょうか。
 ペイジが記憶を失わない時代は、ペイジは資産家の父親に庇護され、自らもロー・スクールに通い弁護士(当時はロー・スクール生かも)と婚約し、肉が好物。それに対して記憶を失ったレオと過ごした日々 は美術系の大学に通って彫刻家となり、ベジタリアンでハードロックを大音響で聴き続けた。記憶をなくすと食べ物の好みまで変わる?これ、記憶をなくした4年間が、無理をして意地を張って作った虚 像だったということなんじゃないでしょうか。そうすると弁護士やロースクールの日々も実は肯定的に評価されて・・・ないですよね、やはり。

 妻の気持ちを取り戻そうと試行錯誤するレオの初期の空回りは、傍目にはあまりにお粗末。でも、大抵の夫はそういうもんだろうな、そういう状況に追い込まれたら、とも思います。むしろ、その初心さ加減が微笑ましいかも。って思うのは中年男だけなんでしょうね。
 夫婦が初心に返ってデートするというシチュエーションは、微笑ましい。そこに心のときめきを感じられるかが問題でしょうけど。
 レイチェル・マクアダムスの笑顔がとても印象に残る映画でした。これくらいの笑顔を見せてくれたら、ときめきが長持ちするのでしょうけど。そういう笑顔にさせられるかはあんたの力量の問題でしょという声が後ろから聞こえてきますが・・・

2012年6月 2日 (土)

メン・イン・ブラック3

 人類に紛れて生息するエイリアンの行動を監視する政府の極秘組織MIBの活動を描くSF(?)アクション映画「メン・イン・ブラック3」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、シネマスクエアとうきゅう(224席)の午後1時30分の上映は3割くらいの入り。3D作品をあえて2Dで見てるからかもしれませんが、土曜午後でこの入りって、公開初週末興行成績1位はホントなんだろうかと思ってしまう。

 40年前の1969年にMIBのエージェントK(現在:トミー・リー・ジョーンズ、40年前:ジョシュ・ブローリン)が逮捕して月の刑務所にぶち込んだ 凶悪犯アニマル・ボリスが脱獄し、40年前にタイムスリップして逃走した。Kの相棒J(ウィル・スミス)はそのことを知り、ボリスの事件とKの関係を調査 するが、ある朝突然、Kがいなくなり、上司O(エマ・トンプソン)もKは40年前に死んだと言い出す。Jはボリスが40年前にタイムスリップしてKに復讐 したのだと判断し、40年前にタイムスリップして若き日のKを説得し、ボリスとの事件の現場に向かう・・・というお話。

 そもそも人類が月に初めて立とうとする時代設定で、異星人が多数地球に住んでいて、人類が異星人を制圧できる武器や人の記憶を消す装置を持っていたとい うところで、高所からの落下加速度でタイムスリップするとかももちろんですがそれ以前に、SF(フィクションであれ、サイエンスと名の付く)ということさ え抵抗のある作品です。公式サイトも、さすがソニー・ピクチャーズ・エンターテインメントっていう、いつものことながらため息が出る情報の乏しさ。謎解き とか種明かしとか、非科学性の弁明とか、奥行きとか背景事情とか、そういうことを気にする人は、最初から見ないという前提なんでしょう。
 ということで、荒唐無稽でハチャメチャなアクションコメディを気晴らしとして見ようという観客向けの映画です。

 あとは、シリーズものですから(私は前作見てませんが)、以前の作品を見た人が、登場人物の謎に興味を持っているとか、出てくるエイリアンたちの個性、 特に予知能力があり地球を守るシステムを提供してくれるエイリアンに象徴されるようなオタクっぽさに興味・共感を感じるとか・・・が売りなのかなぁ。
 そして結局、ウィル・スミスが好きかどうかで決まる映画なんでしょう。
 黒ずくめの組織って、「名探偵コナン」の敵役みたいでもありますが・・・

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