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2012年5月

2012年5月27日 (日)

ダーク・シャドウ

 1960年代後半のアメリカTVドラマシリーズを映画化したヴァンパイア映画「ダーク・シャドウ」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、新宿ミラノ1(1064席)午前11時の上映は1~2割の入り。

 17世紀にリバプールからアメリカに移住して水産業で財をなしたコリンズ一族を率いるバーナバス(ジョニー・デップ)は、使用人の娘アンジェリーク(エ ヴァ・グリーン)と長らく関係を持っていたが、恋人ができるとあっさり振ってしまう。実は魔女だったアンジェリークは、バーナバスが愛した女性の命を奪う 呪いをかけるとともにバーナバスを不死のヴァンパイアに変えた上で棺に入れて鎖で縛り埋めてしまう。196年後の1972年、建築作業で発掘されて自由に なったバーナバスは、コリンズの邸宅コリンウッドを訪れるが、一族は没落し当主のエリザベス・コリンズ・ストッダード(ミシェル・ファイファー)が娘の キャロリン(クロエ・グレース・モリッツ)、弟のロジャー(ジョニー・リー・ミラー)、甥のデヴィッド(ガリー・マクグラス)とともに広大な荒れた屋敷に 住んでいた。バーナバスは、一族の復興を試みるが、コリンズポートの事実上の支配者となっていたアンジェリークが現れ・・・というお話。

 元はといえば財閥の息子が使用人の娘に手をつけたあげくに捨てたのがきっかけなわけで、これを身分の違いであっさり正当化して不問にし、アンジェリーク が最後まで悪者扱いというのは、私の感覚では違和感を持ちます。確かに、アンジェリークの復讐は明らかにやり過ぎですが、バーナバス側に全然反省の色が見 えないのはいかがなものかと思います。
 このバーナバスが、本能のおもむくままに行動するジコチュウ・わがままで無責任だけど、どこか憎めないといういかにもジョニー・デップらしいキャラ設定で、コミカルなところに目を引かれて何となくバーナバス側の問題点が見えなくなってしまいます。
 しかし、主人公側は財閥の一族で、「血は水よりも濃い」「一番大事な宝は家族」というようなことが強調され、お家復興のためバーナバスが行動するという ことがストーリーの軸をなし、ヴァンパイアとしてのバーナバスに血を吸われて簡単に殺されるのは何の罪もない建設作業員やベトナム反戦を語るラブ・アン ド・ピースのヒッピーたちということですから、制作者側は血筋のよい上流階級だけが尊ばれ下々の者やましてや政府に反対する者など踏みつぶしてかまわない という意識の復古主義者のように、私には見えます。

 他方、娯楽映画として見ても、アンジェリークは捨てられてもなおバーナバスに未練を残して迫る、バーナバスも敵として罵りながらも求められるとセックス はするという、中途半端な関係で、今ひとつすっきりしません。愛憎入り交じる心情というのは、ありだと思いますが、それを描くのなら、こういったコメ ディ・アクションでバタバタした映画にせずにちゃんと描くべきだと思います。

 クロエ・グレース・モリッツが出てるんだけど、ジョニー・デップの色に塗りつぶされて生彩がない感じ。
 良かれ悪しかれ、ジョニー・デップの映画ってこういう感じになっちゃうんだよねって、私は思いました。
 ここのところ睡眠不足なもので、ふっと意識がなくなることが・・・もちろん目が覚めたら196年経っていたとかではなく、ほんの一瞬ですが。それは、あ くまでも私の睡眠不足のせいでしょうね。隣のジョニー・デップファンは最後までばっちり目を開けてみていたそうですから。

2012年5月26日 (土)

ガール

 仕事に恋にがんばるアラサー女性の姿を描いた映画「ガール」を見てきました。
 封切り初日土曜日、TOHOシネマズ渋谷スクリーン1(154席)の午前9時25分の上映は4割くらいの入り。観客層は圧倒的に若めの女性2人連れ、次いでカップルが若干。

 女の子はいくつになってもお姫様という母の言葉を信じてキラキラに装い続ける由紀子(香里奈)は、29歳の誕生日、パン作り教室に通う女友達の容子(吉瀬美智子)や聖子(麻生久美子)から、いつまで年不相応の格好をしているのか、イタイと思われてるのがわからないのかと指摘される。広告代理店の仕事でもクライアントの担当者安西(加藤ローサ)からは30になっても40になっても女の子でいたいなんて気持ち悪いと嫌われて企画にダメ出しされ、10年来のつきあいのボーイフレンド(向井理)に告られてHしてもデートはいつもの定食屋という状態。聖子は、会社で抜擢されて課長になるが、年上の男性部下(要潤)が聖子の指示を無視して商談を進め、コンビを指示した女性部下(波瑠)の提案を握りつぶすことにキレ、自分よりも稼ぎもキャリアも低い夫(上地雄輔)が遠慮がちにしている様子にも苛立ちを感じていた。容子は、一回り年下のイケメンの新人(林遣都)の指導係を命じられ、新人を連れ回すうちに妄想を膨らませる。由紀子らと仲良しのもう一人シングルマザーの孝子(板谷由夏)は息子のよき母であり続けようと逆上がりの練習をしたりしながら毎日8時に駆け足で帰宅を続けていた・・・というお話。

 「きっとみんなそう。人生の半分はブルーだよ。ブルーと向き合わなきゃきっと人生は輝かない」という台詞に象徴されるような、人生楽しいことばかりじゃない、がんばらなきゃ、でも楽しむことを諦めないというメッセージにあふれた映画です。
 いつまで「ガール」でいられるのか、年相応に生きていかなきゃならないのでは?私らしくじゃなく社会に受け入れられるように・・・という悩みにどう向き合っていくのか。「男の人生は足し算だけど、女の人生は引き算」は本当か?・・・そのあたりを考えさせられます。
 私には、仕事上の悩みと、本音を言わない夫への苛立ちで歯を食いしばり続ける麻生久美子が、かっこよくもあり切なく感じられました。課長の指示を無視して女は家庭に引っ込んでいろという態度を続ける部下への怒りをぶちまける麻生久美子とその姿に戸惑いつつ慰めようとする上地雄輔の微妙なすれ違いも考えさせられます。この夫婦のラストシーン、決まりすぎで、キャリアウーマンの観客は確実に泣けると思います。私も涙ぐみましたし(私はいったい誰に感情移入してみてる?)。
 実質は4人の主人公のオムニバスで、前半は特に短いカット割りで切り替えていきますので、ストーリーよりも印象的な言葉とイメージで回している感じがします。4人の中で主人公格の香里奈の前半のキラキラ衣装と後半のちょっと抑えめのシックな出で立ちの対象が印象的です。前半に違和感を感じ、後半の姿にギャップ萌えしてしまうのは、やはり私の年のせいでしょうね。香里奈まわりの光山さん(檀れい)のけばけばしさ、こわばった顔をし続ける加藤ローサの終盤での変貌が、「女の人生は半分ピンク」の部分を描いていて、少し明るい気持ちになれます。
 4人の割り振りを、観客の誰もが、誰かの中に自分を見つけるか4人のそれぞれの中に少しずつ自分を見つけるかすることができるように巧みになされていると評価するか(意識して評価しなくても、その思惑に乗れるか)、それぞれの描き方(特に吉瀬美智子と板谷由夏)が中途半端で食い足りずもう少し突っ込んで欲しかったと思うか、そのあたりが評価の分かれ目になる映画だと思います。

 向井理、おしゃれして誕生祝いに来た香里奈に、定食屋で圧力鍋のプレゼント渡すかなぁ。う~ん、私もやりかねないけど、それなら相手はゆるい感じの吉瀬美智子なんじゃないか・・・まぁ、学生時代からの長いつきあいだし、理屈で冷静に判断して好きになるわけでもない(好きになっちゃったらしょうがないじゃない)しね。
 吉瀬美智子の妄想すごいし、エレベーターで叫ぶかなぁ。「死刑台のエレベーター」(2010年)で自分はエレベーターに乗らなかったからその代わり?

2012年5月20日 (日)

ビターコーヒーライフ

 入川保則遺作「ビターコーヒーライフ」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、全国で2館東京で唯一の上映館ヒューマントラストシネマ渋谷、「僕等がいた 前編」「ブライズメイズ」を差し置いて割り当てられたシアター1(200席)午前10時の上映は1割程度の入り。観客層は中高年1人客が多数派でした。

 元警視庁捜査1課の刑事森川哲郎(入川保則)は、同僚を殴り殺して逃走し、「家族を守るために見逃してくれ」と土下座した犯人加納大悟(赤塚真人)を逮捕したが、加納は5年後に出所したとき、待っていた妻と5歳の娘明日香を置いて出奔し、続いて加納の妻も死んでしまった。それを知った森川は孤児となった明日香を引き取り、刑事を辞めて喫茶店を経営するようになった。森川自身も刑事時代に家庭を顧みず妻に離婚を言い渡され、その妻も死に、一人娘七海(國元なつき)とも会えないままに過ごしていた。25歳になった明日香(山本ひかる)は森川と七海の関係を修復しようと試み、他方、森川は20年間行方不明だった加納を探すが・・・というお話。

 仕事や諸般の事情で、自分の家庭をおろそかにして家族から見放され恨みに思われている父親が、娘との関係を修復し心を通じ合わせることが大きなテーマになったハートウォーミングストーリーです。
 率直に言うと、台詞の間が悪く演技も巧いとは言いがたいところが多く、商業作品としてはちょっとつらいかなという印象です。ストーリーもひねりはなく、たぶん誰でも先が読める展開です。
 しかし、主役が、映画の内容と同様、末期癌で余命半年の宣告を受けてこの映画の制作に入り、映画公開前に亡くなっているということのリアリティというか切迫感がある上、それを知らずに見てもテーマ自体の重みやその部分の描写には涙を誘われますので、トータルとしては悪くないかなという思いで映画館を出ることができました。

 明日香は幼い頃本当の父親じゃないからという抵抗感から森川のことを「テツ」と呼び、大人になってもそのままという設定です。女の子が父親のことを「テツ」と呼んでいると、私の世代では「じゃりン子チエ」ワールドに入ってしまうのですが・・・

 映画では特に強調されていませんが、福島県白河市内の喫茶店が舞台で、時折走る新幹線をバックに引いた画面などで映る町並みや山野、人々の生活に、震災からの復興と生きる人々の強さを感じるとともに、この自然と人々の生活の上に放射性物質をまき散らした事故の理不尽さ、原発を推進してきた人々の無責任さにも少しの悲しみとたくさんの怒りを感じました。

2012年5月19日 (土)

レンタネコ

 荻上直子監督の最新作「レンタネコ」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、テアトル新宿(218席)諸般の事情によりうちを出るのが遅くなって午後2時20分の上映は7割くらいの入り。

 小さい頃からなぜかネコが寄ってくるサヨコ(市川実日子)は、祖母を失いたくさんのネコと暮らし、「今年こそ結婚するぞ」と誓いながら、リヤカーを引いて寂しい人にネコ貸しますというレンタネコ屋を営んでいた。サヨコは、道々で夫に先立たれ小さい頃はかわいかった息子ともうまく行かない老婦人、単身赴任が長くなるうちなついていた娘もお父さん臭いと煙たがるようになり傷心中のサラリーマン、1人だけの支店で単調な仕事に飽きているレンタカー屋の店長など、ちょっと変わった寂しい人を見つけ、ネコを貸しだして寂しい心の穴を埋めてもらおうとするが・・・というお話。

 寂しい人4人のそれぞれの事情と、その寂しさをネコに癒してもらい、またそれで人の心を温めようとするサヨコの思い・生き様を描く、実質4話構成オムニバスに近いほのぼの系の映画です。コミカルなタッチではありますが、コメディとはいえず、ネコを貸すたびに繰り返す同じ会話とその若干のずらしとかのおとぎ話的な手法も見られる、ハートウォーミングな「お話」というか「小噺」っぽい作品です。
 ネコ嫌いの娘の名前をネコに付けるお父さん、ドーナツの「穴」を食べるためにドーナツの外側をぐるりと囓っていくレンタカー屋の店長とか、変な人だけどどこか切ない。「星の王子さま」のいろいろな星の住人たちが変なことをいったりいばり散らしていたりしても寂しい人たちであるように。
 「私たちAカップの女はCクラス」と見つめ合うサヨコとレンタカー屋の店長。う~ん・・・このコンプレックスは広がりがあるのか・・・

 「ジャミコ」ことサヨコと「嘘つきはったりの吉沢」の中学同級生再会の話は、ちょっと切なくほろ苦い。中学生の時と変わらないところを残したまま大人になった2人は、それでももちろん中学生のままではないわけで、少し葛藤を抱えたままにすれ違っていく。世の中うまく行かないねとも、それでいいんじゃないとも思えるのですが。

 サヨコさん、結局この人何をやって生活してるんでしょ。あるときはデイトレーダー、またあるときは行列のできる占い師、そしてあるときは・・・って、ホントなんだろうか。

 エンドロールに書かれた出演者のネコちゃんたちの名前にまた癒されました。

2012年5月13日 (日)

幸せの教室

 リストラされた中年男が短大で再出発する映画「幸せの教室」を見てきました。
 封切り3日目、TOHOシネマズ渋谷スクリーン1(154席)午前9時30分の上映は3割くらいの入り。観客層は中高年が多数派。トム・ハンクスとジュリア・ロバーツですからねぇ。

 大学に行っていないことを理由にスーパーを解雇されたラリー・クラウン(トム・ハンクス)は、短期大学に行くことにして学生部長の勧めでスピーチと経済学の講義を受講することになった。スピーチのクラスの担当のメルセデス・テイノー(ジュリア・ロバーツ)は、作家志望の働かない夫との結婚生活に疲れアルコールに浸っていた。ラリーはスクーター好きの女子学生タリヤ(ググ・バサ=ロー)にスクーター軍団に引き入れられ、若い学生たちと行動を共にするようになる。タリヤから刺激を受け前向きに学生生活を送るラリーは、ある日、夫とけんかして酔っ払ってバス停に座り込むテイノーを見つけ、タリヤに背中を押されてうちまで送るが・・・というお話。

 人生いつからでも(ラリーは50代、テイノーは40代)前向きに取り組めばやり直しがきく、くよくよしないで前向きにがんばろうというメッセージです。おずおずとながら、若い学生とのつきあいもこなしていくラリーの姿に象徴されています。
 ただ長年一生懸命働いて、「今月の人」表彰を8回も受けていたのに、大学を出ていないからこれ以上出世できないという理由でリストラの第1順位にされたのを争わないっていうのはどうなんでしょう。アメリカは解雇の自由が幅広く認められているので争っても仕方がないってことかなとも思いますが(そのあたりの具体的な事情は、私にはよくわかりません)、日本の感覚で見ると、いくら何でもそれはないだろって思います。
 中年のバツイチ男と働かないダメ男との生活に疲れた人妻(働かないダメ男を追い出した人妻)の恋、草食系中年男と酒乱肉食系中年女の恋というのも、同年齢層おじさんとしてはちょっとときめきます。

 タリヤの人見知りしない、開けっぴろげな性格は、微笑ましい。読めない日本語で「醤油」ってタトゥーを入れられちゃうドジさ加減も、たぶん笑い飛ばせそう。
 堅物で不気味なマツタニ教授。ギャグなんでしょうけど、これが日本人に対するイメージとして残ってるのなら、ちょっといやだなぁ。

 ジュリア・ロバーツが夫から「おまえの一番きらいなところは、おれは巨乳が好きなのにおまえは貧乳だってことだ」といわれるシーン。ジュリア・ロバーツもすぐに「車を停めて」って怒鳴って、車から降りますが、ちょっと凍り付きました。あれで貧乳っていわれたら立つ瀬がない人が多数・・・(@_@) スリムな彼女と見に行くのは見送った方が無難かも。

2012年5月12日 (土)

孤島の王

 1915年にノルウェーの監獄島バストイで起こった事件を題材にした映画「孤島の王」を見てきました。
 封切り3週目土曜日、全国4館東京では唯一の上映館のヒューマントラストシネマ有楽町シアター1(162席)12時05分の上映は2割くらいの入り。

 監獄島の少年院に送られてきたエーリング(ベンヤミン・ヘールスター)は、院長(ステラン・スカルスガルド)から絶対服従を言い渡されるが、周囲となじまず度々反抗し、重労働や食事半減、殴打打擲等の懲罰を受けることになり、収容者の中でも孤立する。退院間近の班長オーラヴ(トロン・ニルセン)はエーリングをたしなめるが、字の読めないエーリングにエーリングが持っていた手紙を読んでやるなどするうちに次第に打ち解け、エーリングに密かに協力するようになる。エーリングはある夜保健室の鍵を盗んでボート小屋からボートを出して脱走し、一躍英雄となるが、連れ戻されてしまう。エーリングの脱走を批判したオーラヴは、エーリングからブローテン寮長(クリストッフェル・ヨーネル)が同じ班の少年に洗濯室で性的な奉仕を強要しているのは違法じゃないのかと言い返され、院長に寮長の仕業を訴えるが、院長から叱責される。強要を受けていた少年が自殺し、不幸な事故だという寮長に、少年たちから反抗の声が上がり、寮長は島を去って行った。オーラヴが刑期を終えて島を出る日、寮長が島に戻ってきて、寮長は院長の使いで本土に行っていただけだと知り、ショックを受けたオーラヴは・・・というお話。

 部外者の目の届かない孤島で、支配者・管理者たちが権力をふるい、収容者たちを虐げ屈辱的な扱いを続ける中で、虐げられていた少年たちが分断統治の罠から出て次第に連帯感を持って行き、権力者に反乱を起こす。最後は負けるとわかっていても、汚い権力を許せず、とにかく闘いたいという心情には、共感してしまいます。軍隊に制圧される様は、機動隊に制圧される全共闘活動家のようでもあり、屈辱を堪え忍んだ少年たちが爆発する様は西部劇のようでもありましたが。
 一匹狼と優等生ということでそりが合わなかったエーリングとオーラヴの間に次第に友情が芽生えていく様子、そして不良少年のはにかみや初心さの描写も、なかなかのできだと思います。

 ヒューマントラストシネマで、今年になってから映画鑑賞のマナー告知フィルムで「覚えにくい名前ですが」とステラン・スカルスガルドが登場していて予告編代わりにすり込まれていたので、まぁ見ておこうかくらいの気持ちで見に行ったのですが、わりと拾いものだったかも。

 ラスト間近のシーンは、ノルウェーの映画監督も「タイタニック」への憧れがあるのかと、ちょっと複雑な思いを持ちました。カミさんは、あのシーンはディカプリオの美しい顔だからこそで、この映画では全然タイタニックを連想しなかったというのですが・・・

2012年5月 5日 (土)

宇宙兄弟

 兄弟が幼い頃の夢と約束を追って宇宙飛行士になる漫画を映画化した「宇宙兄弟」を見てきました。
 封切り初日土曜日祝日、TOHOシネマズ渋谷スクリーン3(297席)12時45分からの上映はほぼ満席。観客層は若者カップルが多数派、次いで若い女性同士。
 ゴールデンウィークさなかのTOHOシネマズ渋谷は、入場券発券機に長蛇の列ができていましたが、インターネット予約済みの発券機は別立てで設置されていて(初めて気付きました)そっちはほとんど人がいなくてすぐ発券。混みそうな日は新宿ピカデリーより楽そう。

 幼い頃、UFOを見たのがきっかけで宇宙飛行士になって月へ行くと言い出した南波日々人(成年後は岡田将生)と、宇宙飛行士になって火星に行くと日々人に約束した南波六太(成年後は小栗旬)は、その後日々人はまっすぐに宇宙飛行士となり2025年には月面移住計画のために月に行く初めての日本人として世界の注目を集めていたが、31歳となった六太は車のデザイナーとして働いていたのに上司に頭突きして解雇されやさぐれていた。日々人が無断で申し込んだJAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士試験の書類選考に合格した六太は、日々人から電話で約束忘れたのかと挑発され、本気で試験に挑むことになった。日々人が世界中の注目を浴びながら月に飛び立つ様をNASAの旧管制塔からアポロ11号で月面に降り立った宇宙飛行士バズ・オルドリン(本人)とともに見つめ、励まされた六太は最終選考の6人に残り、10日間の閉鎖空間での生活による試験に挑む。その途中、日々人は月面探査中に事故に遭い消息を絶ち、試験中にそれを知らされた六太は・・・というお話。

 ストーリーとしては、日々人の月への旅と月面探査を進めながら、メインは遅れてきた六太の宇宙飛行士への挑戦になっています。
 六太の選抜試験の様子は、試験官の堤真一のキャラもあり、ライヤーゲーム的な要素もあったりなかなか楽しめるのですけど。
 月面のシーンとか、NASAでの撮影、歴史に残る宇宙飛行士本人の出演とか、力の入った見せ場の映像が、日々人側で登場し、その映像は確かに魅力的なのですが、ストーリーとしてみると、そっちはだから何よというところがあり、ちょっとちぐはぐ感が残ります。
 映像自体は、それらの場面や、タイトルロールで使われる宇宙旅行史的な映像もしゃれた感じで楽しめます。

 JAXAは、昨年からの「はやぶさ」3作に続き、この作品でも大きく採りあげられ、存在感を増しています。宇宙に人々の関心が向いてきたのでしょうか。それともJAXAの広報戦略でしょうか。高校生の頃漠然とですが宇宙に興味を持ちそっち方面の将来を想定したこともある(すぐ思い直しましたけど)私としては、宇宙関係の映像が見られるのは、うれしいことではありますが。

 前日の「テルマエ・ロマエ」に続き、男の尻が登場する映像を見せられるのはあまり(他に共通の映像としてワニさんも登場しますけど)・・・テルマエ・ロマエの場合は、まぁ公衆浴場の話ですからそうだろうとは思います(それでもあれほど入浴シーンをつくり、阿部寛の裸シーンを強調する必要があったか・・・)。でもこの映画の小栗旬のシャワーシーンに何の必要性があったんでしょうね。こういうのが、トレンドなんでしょうか。

2012年5月 4日 (金)

テルマエ・ロマエ

 古代ローマの風呂設計技師が現代日本との間でタイムスリップを繰り返す漫画を映画化した「テルマエ・ロマエ」を見てきました。
 封切り7日目金曜日祝日、新宿ピカデリースクリーン1(580席)午前11時50分の上映は、ほぼ満席。観客層のは若者中心。
 ゴールデンウィークさなかの新宿ピカデリーは、ロビー全体がパニックを起こしそうな超満員で、予約したチケットの発券機さえ長蛇の列。予約していても、けっこうきわどい入場でした。ゴールデンウィークのこの混雑ぶりは、映画興行の復活か、不景気で遠出しない人が多いのか、単純にピカデリーの宣伝の巧さか(テルマエ・ロマエ、ものすごい広告費かけて宣伝してるけど、これ1064席の新宿ミラノ1でやっても満席にできるでしょうか。私は混んでるところはきらいですから、実際に遭遇したくはないですけど、でもいまやほとんどないあの1000人以上収容のスクリーンが満席になる姿を一度は見てみたいという気もしています)。

 古代ローマの風呂(テルマエ)設計技師ルシウス(阿部寛)は、華美を求める風潮に嫌気がさし、新しいアイディアを求めて悩みながら湯船に潜り込んでいたところ、突然、現代日本の銭湯にタイムスリップし、そこで見た富士山の絵や湯おけ、脱衣籠、フルーツ牛乳等の見たこともないものに衝撃を受け、これがローマの属国の奴隷と思われる「平たい顔族」の文化と理解し、再度タイムスリップしてローマに戻り、そのアイディアを活かした新たなテルマエを設計し、人気を得る。ローマでは暴君と恐れられたハドリアヌス帝(市村正親)から呼ばれて話を聞く機会を得て、ハドリアヌス帝のローマを思う心に打たれたルシウスはハドリアヌス帝の希望を活かした新たなテルマエの設計に悩み続けるうちにまたしてもタイムスリップし・・・というお話。

 キャストのローマ人としても通じそうな「濃い顔」が話題の作品ですが、主役阿部寛については、現代日本にタイムスリップし驚きながらも、まわりに媚びずまわりに合わせようとせずに超然泰然としている姿が、これまでに築き上げてきたキャラクターとマッチして、そういう点ではまり役のキャスティングだと思いました。阿部寛が現代日本の風物に驚く際の内心の描き方の大仰さが、私たちの世代でたとえれば、巨人の星の星飛雄馬のような感じで、それを平然と演じられるのは、やはり阿部寛かなと。
 毎回ルシウスが目の前にタイムスリップしてくるところに遭遇する売れない漫画家役の上戸彩も、また特異なキャラ。最初から女湯に裸の男が闖入してきても、慌てるでもなくデッサン始めるし。

 タイムスリップものでは、先週見た「篤姫ナンバー1」ではタイムスリップの原因は流れ星に願ったからで、タイムスリップ先はその彗星の接近したときでした。それで十分ばかばかしかったのですが、この「テルマエ・ロマエ」では、溺れたらタイムスリップして涙を流すと元に戻るというだけで、タイムスリップ先は実際にはいつも上戸彩の目の前ですが、何も説明する気もないという感じ。もともとタイムスリップものにその原理の説明は無理なので、この際説明など一切するまいということでしょう。コメディとしてはそう割り切った方が、見る方も楽かも。

 前日の「裏切りのサーカス」に続き、2日続けて主人公が妻に去られる映画をカミさんとみるハメになったのは偶然でしょうか(もちろん、意図してませんが)。ルシウスの妻が、夜な夜な迫る妻に応じないルシウスに愛想を尽かして友人と不貞に走ることについて、しょうがないよねといわれると・・・ (-_-;)

 ローマロケも行ったようですが、ルシウスが戦場のハドリアヌス帝を訪ねた帰りに負傷兵を癒す温泉を発見するシーンで、ススキが生えてるのはちょっと・・・
 風呂桶をローマでも採用するのはいいですけど、底に「ケロリン」と書かなくても(「クロリく」になってるし)。
 阿部寛の飲みっぷりを見るとなつかしいフルーツ牛乳を飲みたい気分になりました。

 阿部寛ほかの男の裸がやたらと登場するのと、やたらとタイアップ広告が打たれているのに食傷しますけど、さらっと笑って少ししんみりしてノスタルジーに浸れる無難な娯楽映画としていい線かも。

2012年5月 3日 (木)

裏切りのサーカス

 ジョン・ル・カレの小説を映画化したスパイ映画「裏切りのサーカス」を見てきました。
 封切り2週目木曜日祝日、全国で8館東京で2館の上映館の1つ新宿武蔵野館1番スクリーン(133席)午前10時20分の上映はほぼ満席。

 1970年代の冷戦のさなか、イギリス諜報部(俗称The Circus)の長コントロール(ジョン・ハート)は、ソ連の二重スパイ「モグラ」(mole)が諜報部の幹部の中にいるとの情報を受け、工作員ジム・ブリドー(マーク・ストロング)をモグラの情報と引換に亡命を求めるハンガリーの将軍と取引をするためにブダペストに派遣したが、情報が筒向けになっており、ジムが撃たれ消息を絶った。コントロールはその責任を取り、右腕だった幹部ジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)とともに諜報部を去った。コントロールがその後すぐに死亡し、妻に去られて失意の日々を送るスマイリーは、レイコン次官(サイモン・マクバーニー)から、諜報部の現役最高幹部パーシー・アレリン(トビー・ジョーンズ)、ビル・ヘイドン(コリン・ファース)、ロイ・ブランド(キアラン・ハインズ)、トビー・エスタヘイス(デヴィッド・デンシック)の中からモグラを突き止めるよう求められ、ピーター・ギラム(ベネディクト・ガンバーバッチ)とともにモグラ探しを始めるが・・・というお話。

 スパイ映画というジャンルからは想像しにくい、静かな展開で、主人公のスマイリーが命の危険にさらされるシーンもなく(スマイリー以外はそうでもないんですけど)、モノトーンの印象の抑えた沈み気味の映像で、感情を抑えほのかなほほえみをたたえた声を荒げないゲイリー・オールドマンの渋みを味わう、そういう映画かなと思いました。
 愛する妻に裏切られたスマイリー、同僚に裏切られたスマイリーが、強い感情を見せずに抑えた表情で対応する姿に、かえってその哀しみが感じられます。
 長年の同僚だったコニーからあけすけに誘われても動じないスマイリーの静かなほほえみにも、大人の魅力を感じます。
 40歳を過ぎたら男は自分の顔に責任を持てといわれますが、自分もこういう顔できるかなと、ちょっと憧れるゲイリー・オールドマンの演技でした(ハリー・ポッターシリーズのシリウスで初めて見た私には、こういうオールドマンは想定外でしたけど)。

 スパイ映画としての、というかミステリーとしての部分、幹部のコードネームティンカーことパーシー・アレリン、テイラーことビル・ヘイドン、ソルジャーことロイ・ブランド、プアマンことトビー・エスタヘイスの誰がモグラかという流れは、登場人物が錯綜し、かつ地味目の人が多いこともあり、睡眠不足気味で見たのでついて行けないところが少なからずありました。もう一度見ないとよくわからないなぁというところを残しつつ、もう一回見たいかといわれればそこまではねぇというところ。

 邦題の「サーカス」は、イギリス諜報部、正式の略称はSIS(Secret Intelligence Service)、日本での通りのよさではMI6の英語での俗称から。原題がそうならわかるけど、邦題をつくるときにいきなりサーカスってつけるのはミスリーディングだと思います。広報戦略としてはちょっと気を惹きたいだけなんでしょうけど。

 内容に派手さがなく、冷戦時代にどこかノスタルジーを感じつつ大人の渋みを味わうという種類の映画で、やはりおじさん世代向けかなと思いました。

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