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2012年4月

2012年4月30日 (月)

ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン

 友人の結婚のための介添人(ブライズメイド)たちのバカ騒ぎを描いたコメディ「ブライズメイズ」を見てきました。
 封切り3日目月曜日振替休日、全国15館東京4館の上映館の1つヒューマントラストシネマ渋谷シアター1(200席)午前11時45分の上映は6~7割の入り。観客層は若者が多数派。
 アメリカでは「セックス・アンド・ザ・シティ」を超える大ヒットを記録したといううたい文句ですが、ちょっと寂しい(実は、セックス・アンド・ザ・シティの全米興行成績がそれほどでもなくて歴代200位にも入らないって問題のようでもありますが)。

 経営していたケーキ屋が人手に渡り、恋人もできずにセックスフレンドがいるだけの38歳の宝石店員アニー(クリステン・ウィグ)は、親友のリリアン(マーヤ・ルドルフ)から婚約したことを打ち明けられ、ブライズメイド(花嫁介添人)のまとめ役に指名される。引き合わされたブライズメイドの1人ヘレン(ローズ・バーン)は大金持ちの後妻で、上流志向のヘレンにアニーは反発を感じる。結婚式の衣装選びにヘレンの紹介で高級ブティックに入ったブライズメイドたちは、アニーが選んだ安いブラジル料理店の食事で食あたりして高級ドレスを試着したままトイレを探して走り回るはめに。パーティーはリリアンの別荘でと考えたアニーは他のブライズメイドの圧倒的支持でラスベガス行きが決まり慣れない飛行機で酔っ払って乗務員とけんかして飛行機を途中で降ろされてしまう。リリアンからまとめ役の交代を言い渡されたアニーは、ヘレンが開いた豪邸でのブライダルシャワーの席でアニーの手作りのプレゼントよりヘレンのパリ旅行招待を喜ぶリリアンの姿を見てぶち切れ、会場をめちゃくちゃにしてしまう。絶交を言い渡して去るアニーの姿にリリアンは・・・というお話。

 日本語のサブタイトルの付け方からイメージできるように「ハング・オーバー」女性版という売り文句もついてますけど、日本人には「ハング・オーバー」より笑いのツボが近いかもしれません。
 ブライズメイドを5人組にしたわりには、アニーとヘレンとギャグ担当のメーガン(メリッサ・マッカーシー)以外の2人は存在感ほとんどなくて、アニーとヘレンの対立、呆け役・なだめ役のメーガンというシンプルな分担になっています。コメディとしては、あと2人にももう少しキャラを立たせた方がよかったんじゃないかと思います。

 私は、見る前にイメージしてたよりも、「どん底」のアニーの意地の張り方、しょぼくれ方が、けなげというか、わかるというか、身につまされるというか、しんみりとしてしまいました。
 敵役のヘレンも大金持ちで背伸びしていっぱいいっぱいだしずれてるけど、意外にいい人かもしれないし。
 そういうコメディとしてではないドジなアラフォーの青春映画として見るのもありかなと思いました。

2012年4月29日 (日)

篤姫ナンバー1

 篤姫が現代にやってきて銀座のクラブでナンバー1を目指すというタイムスリップコメディ「篤姫ナンバー1」を見てきました。
 封切り4週目日曜日、全国16館、東京では唯一の上映館の新宿ミラノ3(209席)午前11時10分の上映は1~2割の入り。

 徳川第13代将軍の正室候補として島津斉彬の養子となり江戸へ向かう道中、箱根山中で、篤姫(石川梨華)は徳川の正室になどなりたくないと言いだし、流れ星を見つめながら、このままどこか遠くへ行ってしまいたいと願う。すると篤姫と世話係のタエ(中澤裕子)、身辺警護役のくノ一ミツ(とっきー)の3人は彗星の光に包まれて160年後の現代にタイムスリップした。3人は彗星観測に来ていた漫画家志望の主夫雄介(山崎裕太)とホステス里美(佐藤寛子)の家に転がり込み、里美について銀座のクラブに行ったところ、ママに見初められた篤姫はクラブでホステスとして働くことになる。そこへ箱根の山中で篤姫らが現れたところに車で通りかかって轢きそうになりミツに刀を突きつけられて逃げた俊太郎(菊田大輔)が客として訪れ、酔って暴れ、篤姫は俊太郎に平手打ちを食わせる。客に手を挙げるとは何事かと、ナンバー1ホステスアミ(吉澤ひとみ)に叱責された篤姫は、自分がアミに代わってナンバー1になると宣言、指名を競い合うが・・・というお話。

 何となくまともそうな時代劇で始まりますが、開始早々の篤姫の「いやじゃいやじゃ」で一気にコメディモードに入ります。
 流れ星に願い事をすればかなう、でタイムスリップしてしまうという設定ですから、あれこれ考えることなく見た方がいいと思います。
 のほほんとした篤姫と、大仰なミツの対比(ミツ、仕掛け人にもなっちゃいますし:制作サイドの年齢層を考えてしまいます)、3人組とチャライ現代人の対比で笑いを取る場面が多くなっています。

 政略結婚を嫌って江戸時代から逃げてきた篤姫と、養父の会社のために政略結婚させられようとしている俊太郎の心の交流を描いているのは、自由や進歩を謳う現代社会へのアイロニーでしょうか。
 俊太郎が、幼くして失った両親の思い出として母のオムライスの味にこだわり続ける姿は・・・今、私が死んだら、娘はパパのオムライスの味を忘れずにいてくれるだろうかと、前日の「ももへの手紙」に続きしんみり。って、そういう方向へ考える場面じゃないんですが。

 篤姫が里美の話を聞いて、現代では女性も働いて強く生きていると感銘を受けるという設定ですが、江戸時代にない職場ならともかく、江戸時代で言えば遊郭なのに、篤姫がそういう反応をするのは、荒唐無稽なコメディとしても、ちょっとひどい。制作者サイドの女性の仕事に対する意識が透けて見えますよ。ねぇ、づんくさん。ヒュー(吹き矢の音)。

2012年4月28日 (土)

ももへの手紙

 父を失い母とともに瀬戸内海の島に渡った11歳の少女の立ち直りと成長を描いたアニメ「ももへの手紙」を見てきました。
 全国公開から2週目(広島・愛媛限定封切りから4週目)土曜日、新宿ミラノ2(588席)は2割くらいの入り。

 コンサートに行く約束の日、仕事の海洋調査が入り行けなくなったと謝る父に「お父さんなんて嫌いだ。もう帰ってこなくていい」と言い捨て、海難事故でそのまま帰らぬ人となった父が書きかけていた「ももへ」とだけ書かれた手紙を胸に、母とともに母の故郷の瀬戸内海の島に渡った11歳の少女ももは、すぐに仕事に出る母に恨み言を言い、疎外感を持って、島での生活になじめずにいた。そんなある日、ももは母やももにつきまとう妖怪たちに気付く。ももにしか見えない妖怪イワ、カワ、マメは、勝手に食べ物を食い散らかし盗んできたり、憎まれ口を叩き、ももは恐怖と反発を感じるが、いつしかももは妖怪たちと共存していくことになる。妖怪たちは、ももの祖父母の家の屋根裏の黄表紙に閉じ込められていたというが、本当は・・・というお話。

 のどかで勤勉で善良な島の人々の暮らしを背景に、妖怪たちとのやりとりを通じて、父を失った悲しみと疎外感で内にこもっていたももが、父への思いを語り、母と気持ちを通じ、心を開いていく様子を描いた、喪失感立ち直りと、島の子どもたちをなじめず橋からの飛び込みができない前半のシーンと、橋から飛び込んで子どもたちの輪に加わるエンディングとの対比に象徴されるももの成長がテーマになっています。
 悪い人がまったく出て来ない(妖怪たちは食べ物とか盗んでくるけど)あまりの健全さは、現実はそうもいかんだろとは思いますが、安心してみていられます。
 娘を持つ父親としては、父が死に、残された娘(妻もですけど)が父を思い涙するシーンは無条件に涙ぐんでしまいます(娘をなかせちゃいかんよなぁという側ですけど)。

 テーマがそういうものだから仕方ないという気もしますが、少女の異界との接触を通じた成長とか妖怪との交流とかが「千と千尋の神隠し」「となりのトトロ」とダブって見えます。そのあたり、もう少し違うイメージで描けないのかなと思いました。

2012年4月22日 (日)

名探偵コナン 11人目のストライカー

 アニメ名探偵コナン劇場版第16作、公開第1週末に、シリーズ最高動員の第13作を上回るペースで、同一週末公開のユニバーサル映画が100周年の威信を賭けたハリウッド大作「バトルシップ」をダブルスコアで沈めるぶっちぎり1位の興行成績を上げた(前振りが長いって・・・)「名探偵コナン 11人目のストライカー」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、キネカ大森シアター1(134席)午前10時45分の上映は5割くらいの入り。観客層は、当然、お子様連れ中心。

 恋人の毛利蘭とのデート中に黒ずくめの組織の犯行の一部を目撃して毒薬を飲まされた高校生探偵工藤新一は、目が覚めると体が縮み小学生の体になっていたため、「江戸川コナン」を名乗って毛利蘭の下で蘭の父毛利小五郎の影武者として密かに事件を解決し、蘭にはときおり電話で元気だが忙しくて会えないと伝えていた。(ここまではアニメの前提となる設定)
 毛利小五郎に爆破予告の電話がかかってきた。犯人は爆破を防ぎたければ暗号を解けという。いつも通り毛利小五郎の的外れな謎解きに連れられていく警察はあたりを捜索しても爆弾を発見できない。犯行予告時間が迫り、蘭は新一に電話し、留守番電話に事情を話し、慌てて電話に出た新一(コナン)に暗号を伝える。博士や灰原らとともにサッカー観戦中だったコナンは暗号を解いて爆弾がそのスタジアムに仕掛けられていることを知り、観客を避難させて無事死傷者の発生は食い止めた。その後、毛利小五郎の元へさらなる犯行予告の手紙が舞い込んだ。コナンは爆破を防ぐことができるのか、そして犯人とその目的は・・・というお話。

 Jリーグの実在のサッカー選手5人が登場し、いずれも本人がその声を担当しているというのが売りの1つなんですが、う~ん、すごい棒読み。
 遠藤(保仁)の前髪、微妙にたれてるんですが、これが首をかしげても動かない。アニメキャラだと不思議に思わないんですが、実在の人物で似顔絵っぽく書かれるとそういう不自然さを感じてしまいます。
 実在の選手を登場させると、どうしてもその人をいい人に描かなければならなくなってわざとらしさが漂う。台詞の棒読みとあわせて、ちょっとなんだかなぁと思います。
 そういうところに引っかかりを感じつつも、サッカー少年の夢と情熱、選手との交流と希望の承継が描かれていて、やはり見ていて素直に感動します。そういうあたりが巧い作品なのだと思います。

 タイトルの「11人目のストライカー」は、それを説明すると落ちまでばらしてしまうことになりますので、見てのお楽しみということで。
 ただ、犯人像とか、犯行の動機は、どうもやっぱりしょぼいなぁという印象です。組織悪とか社会の歪みとか、ましてや権力の腐敗とか、そういうものが描かれる作品じゃないですからね。それは作者の信条か、放映テレビ局の体質か・・・

 サッカー選手たちの場面に時間を使った分、レギュラー陣の活躍は少なく、蘭の登場が少なくて最後の「白」しか印象に残らなかったり・・・

2012年4月21日 (土)

BLACK & WHITE

 親友同士の武闘派CIA捜査官が1人の女性を奪い合うアクションラブコメ映画「BLACK & WHITE」を見てきました。
 封切り2日目土曜日、最初の土曜日から格落ちのスクリーン9(127席)を充てた新宿ピカデリー12時10分の上映は9割くらいの入り。観客層は若めのカップルが多数派、次いで中高年男性一人客、女性同士というところ。

 CIAでチームを組む武闘派捜査官、遊び人のFDR(クリス・パイン)とバツイチでまじめ男のタック(トム・ハーディ)は親友同士。極秘捜査で派手に相手を殺傷した上に黒幕に逃げられて謹慎処分になって、タックは出会い系サイトに登録して、仕事もなげうって恋人についてきたのに捨てられて元彼を見返したいローレン(リース・ウィザースプーン)と意気投合したが、同じ日、FDRがレンタルビデオ店でナンパした相手も同じローレンだった。2人は、お互い邪魔をしない、セックスはしない、友情を壊さない約束でローレンとつきあうが、互いに自分のチームを率いてCIAの情報を流用し、追跡・侵入・盗聴・監視をしてローレンの動向と相手の動きを探りあう。事情を知らないローレンは、突然現れた2人の男とゴージャスなデートを繰り返しつつ、どちらを選んでいいのか迷い、親友のトリッシュ(チェルシー・ハンドラー)は両方の男とセックスしてから選べとアドヴァイス。そのアドヴァイスを2人並んで盗聴していたタックとFDRは呆然とし、2人に襲撃された黒幕は復讐に乗り込み・・・というお話。

 基本的には、荒唐無稽な設定を気にせずに、お馬鹿なラブコメという位置づけで見る映画だと思います。そういう視点で徹底する限り、台詞回しもしゃれてて楽しめます(予告編と本編で台詞の訳がだいぶ違います)。
 まじめに見るなら、「史上最大の職権濫用」のサブタイトルが示すように、権力を持ったヤツは必ずそれを濫用するという寓意を込めた映画ということになりますが。そういうふうに見ると、役人、特に若い役人に権限を持たせるとろくなことにならないよなって、多くの人が何らかの形で経験している身近ないやな役人がちらついて楽しめなくなるでしょう。

 この映画の提起するものは、男性の観客にとっては、親友、あるいは親友とまでいえなくても自分の知っている人物が自分の恋人とHしているまたはHしたことがあるという状況を、どこまで受け入れられるか、どのように受け止めるかにありそうです。どちらもとHしている、これからそうしようとしている女性を恋人に、さらには妻にできる?という問いかけです。ラブコメでなく、男の友情ものとすれば、両方とセックスしてから決めろというトリッシュのアドヴァイスを受け入れるローレンの言葉を聞いた時点で、ゲーム・オーバーにする選択肢もあったでしょうし、心情的にはその方がすっきりするなぁ。
 公式サイトのイントロダクションでは「2012年GW最強のデートムービー決定版だ!」って書いてますが、どうなんでしょう。男性側は先に述べたようなことで気詰まり感がありそうですし、女性側は、2人の男が奪い合ってくれる快感に酔いしれる姿を見られたり気付かれるのもなんでしょう。デートで見るの、意外にリスキーかも。
 距離感の微妙なカップルよりは、単純に笑える相手と見に行った方がいいかなと思えました。

2012年4月15日 (日)

ドライヴ

 腕のいい孤独なドライヴァーが愛した女性を守るため裏社会との戦いに巻き込まれていくアクションサスペンス映画「ドライヴ」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、ヒューマントラストシネマ渋谷シアター3(60席)午前11時45分の上映は8割くらいの入り。

 ふだんは自動車修理工、ときに映画のカースタント、陰では強盗を逃がすアルバイトを続けるドライヴァー(ライアン・ゴズリング)は、アパートの隣人の人妻アイリーン(キャリー・マリガン)に惹かれ、デートを重ねていた。刑務所から帰ってきたアイリーンの夫スタンダード(オスカー・アイザック)は、刑務所で作った借金を返すためにムショ仲間の計画に従って強盗をやらねばならずそうしないと妻子の命も狙われるとドライヴァーに打ち明け、ドライヴァーは逃走を助ける約束をする。ところが押し入った先でスタンダードは射殺され、ドライヴァーは横から割り込んできた組織の男たちに襲われる。罠にはめられたと知ったドライヴァーはスタンダードのムショ仲間のところに乗り込んで口を割らせるがその黒幕は・・・というお話。

 台詞を絞り込んで音響効果と表情で語らせる部分が多く、サイレント部分で魅せる「アーティスト」とはまた違うものの、映画の表現の新鮮みを感じさせてくれました。
 孤独さ、陰のある表情といったバックグラウンドを感じさせながらも初心で一途な恋心を見せるライアン・ゴズリングと、前作「わたしを離さないで」でも見せた愁いをたたえた表情の薄幸な女がはまり役のキャリー・マリガンの淡い思いが胸に染みます。あぁ恋っていいなぁ。
 でも、それで裏社会との戦いに巻き込まれていくドライヴァー。やっぱり人妻への横恋慕は・・・ふつうの場合とは意味が違うけど。
 映画としては、一人で組織に立ち向かうドライヴァーのダンディーというか、クールな姿が売りです。愛した人を守るためっていうのも、入口はそうで、しかもその夫のせいで負った債務のために戦うかって気もしますが、巻き込まれてしまった後はもう否応なく自分の問題になってしまいますし。

 中盤からは暴力シーンが次々と登場。映画評では暴力シーンを影を使ってマイルドにしているとか書かれていて、そういうシーンもありましたが、モロの流血シーンもけっこうあります。これ、R15+はおろかPG12さえついてないけど、大丈夫かって思ってしまいました。

 ある意味、現代の西部劇って趣で、ドライヴァーの戦いというか後ろ姿をシブイ!とかクール!って思えれば満足できる映画です。

2012年4月 8日 (日)

ヘルプ 心がつなぐストーリー

 1960年代アメリカ南部の黒人メイドの状況を描いた映画「ヘルプ 心がつなぐストーリー」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、ヒューマントラストシネマ渋谷シアター2(183席)午前10時30分の上映は4~5割の入り。観客層は中高年が多数派。

 1960年代のミシシッピ州ジャクソン。大学を出て地元に戻ってきた作家志望のスキーター(エマ・ストーン)は、自分を育ててくれた黒人メイドコンスタンティン(シシリー・タイソン)がいつのまにか解雇されていたことや、友人の婦人会長ヒリー(ブライス・ダラス・ハワード)が白人家庭は病気の危険から身を守るために黒人メイド専用トイレを作るべきだという法案を主張し、トイレを使ったとしてメイドのミニー(オクタヴィア・スペンサー)を解雇したのを理不尽に思い、メイドの実情を告発する本を書こうと思い立って、友人のエリザベスのメイドエイビリーン(ヴィオラ・デイヴィス)に取材を申し込む。最初は、職を失う危険を考えて躊躇していたエイビリーンも、次第に口を開き、友人のメイドが逮捕されたことを期に、仲間に呼びかけるようになる。ついに本が出版され・・・というお話。

 キング牧師らの公民権運動に揺れるミシシッピ州を背景に、「隔離すれども平等」という人種隔離政策(アパルトヘイト)の法案を次々提案するヒリー、エリザベスに代表される産むだけで育てない子どもに対する愛情の薄い母親といったアメリカ南部の上流階級の女たちと、虐げられた黒人メイドという関係に、都会の大学を出たジャーナリスト志向もあるスキーター、上流階級の夫人たちに嫌われ孤立してメイドにもこだわりなく接するシーリア、黒人メイドへの嫌悪をあらわにする娘への反発を強めるウォルターズ(シシー・スペイセク)といった異端の人材を絡ませることで、奥行きと幅を持たせながら、どこかわいわいやりながらの市民運動的な感じの展開をしていきます。
 そして、運動を進めるスキーターを確信を持った運動家ではなく、作家でもジャーナリストでもというどこか軽めの志で、南部上流階級の頭の硬いイケメン男にも惹かれたりする、ミーハーなおねえちゃんに描いているところが、私にも何かできるかもって思えていい。
 対照的に芯の強いエイビリーンとミニーのどっしり構えた強さ、ウォルターズの磊落さが、スキーターやシーリアの浮つきを抑えて、全体を締めています。

 しかし、黒人に嫌悪感を持ち、病気がうつるなんていってトイレも使わせない人が、どうしてその黒人メイドに食事を作ってもらったり、子どもの世話をさせたりできるんでしょう。まぁ、その象徴として「ミニーのチョコパイ」事件があり、子どもが生みの母よりもメイドを本当の母として慕ったりするわけですし、そういう子どもたちが大きくなるうちに(映画では大人になったら母親と同じになるっていわれてはいますが)だんだんと黒人メイドへの嫌悪感がなくなっていくのだと思います。もっともそのレベルでは、アンクルトムズケビンで終わるのでしょうけど。

 黒人メイド問題を超えても、自分が動き始めることで何かが変わる、前に進む部分も、反撃が来て後退することもあるけれども、動き続けることで前に進める、そういう感じを持って映画館を出れる映画です。

2012年4月 7日 (土)

ルート・アイリッシュ

 イラクに駐留する戦争請負業者を描いた映画「ルート・アイリッシュ」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、全国で4館東京では唯一の上映館銀座テアトルシネマ(150席)午前9時50分の上映は7~8割の入り。観客層は中高年中心。

 幼い頃からの親友フランキー(ジョン・ビショップ)がイラクから遺体でリバプールに戻ってきたのを見たファーガス(マーク・ウォーマック)は、ファーガスが戦友のクレイグの失った目をからかった者を殴って留置場にいる間にフランキーが何度も緊急の電話を入れてきていたことを知り、後悔と失意の念を持ち、フランキーをイラクで護衛業務に当たらせていた戦争請負業者の説明に強い疑問を持つ。そして、フランキーがホステスを介してファーガスに託けた携帯には、同僚のネルソン(トレヴァー・ウィリアムズ)がタクシーを銃撃して少年たちを含む一家を皆殺しにしたことに激しく抗議するフランキーの姿が映っていた。自分もかつてイラクで従軍しその後戦争請負業者として独立し、フランキーをイラクへと誘ったファーガスは、保釈中でイギリスから出国できないことに苛立ちながら、イラクの元戦友に連絡してフランキーの足取りを追う。ファーガスの調査を知った戦争請負業者とネルソンは・・・というお話。

 駐留部隊が民間人をゲリラと疑い、あるいはスパイの摘発と称して虐殺し拷問し、しかし軍隊とそれに代わる戦争請負業者は何をしても罪を問われない、そんなイラク戦争の不正義を、その行為を正当化しながら続けてきたイギリス人帰還兵の心の闇と死の商人への怒りの視点から描いたものです。
 単純な不正義の指摘ではなく、相手が持っているのは携帯ではなく爆弾かもしれない、一瞬の躊躇が自分の死につながる戦場を経験し、誤射も仕方がないと言い立てるファーガスを通じて、しかしそれでも戦争請負業者のあくどさを浮かび上がらせるのが、そしてファーガス自身の後悔と悲しみを言葉でなく語らせるのが、巧いと思いました。
 フランキーが意趣返しに繰り返し張り付かされた、グリーンゾーンと空港を結ぶ「世界一危険な道路」。それを「ルート・アイリッシュ」と呼んでいることをめぐるイギリスの立ち位置からしても、イラクだけのことかという問いかけもあるのでしょう/あると思いたい。

 イラク戦争のことを置いてみると、やたらと昔の男っぽい作風です。突っ張り怒鳴りけんかをし、しかしフランキーへの友情や戦争で負った心の傷といったところでは繊細なところがあり、でもそれを隠そうとし、といったファーガスのキャラで、昔風のダンディを描きながら、ファーガスにも正義があるというわけでもなく弱さも抱えているというところでかっこよさで終わらせない、という深みを持たせています。
 フランキーへの追慕の情をともに強く持ちつつ、関係を持ってしまうファーガスとフランキーの妻レイチェル(アンドレア・ロウ)。そこに後悔や後ろめたさがまるで描かれないのは、ともに相手の背景にフランキーを見ているためでしょうか。ふつうの作品ならそこには後ろめたさがあり湿っぽくなるはずなんですが、一緒にフランキーの無念を晴らそうとかそういう言い訳さえなく、といってあっけらかんとしているわけでもなく、ごくふつうのことのようにしています。レイチェルサイドでは、夫が妻の自分よりも慕い強く結ばれていた男への興味と嫉妬、ファーガスサイドでは、単純にそれがダンディって感じの処理でもありますが。でも・・・それにしても、親友が死んで、すぐその妻とHしちゃうかなぁ。私の感性では、ちょっとついて行けない。

2012年4月 1日 (日)

スーパー・チューズデー 正義を売った日

 アメリカ大統領予備選挙を描いた映画「スーパー・チューズデー 正義を売った日」を見てきました。
 封切り2日目映画サービスデイの日曜日、新宿ピカデリースクリーン6(232席)午前10時20分の上映は9割くらいの入り。観客層は中高年が多数派。

 民主党の大統領候補予備選挙では、ペンシルバニア州知事のモリス(ジョージ・クルーニー)とプルマン上院議員の一騎打ち状態になり、モリスがややリードして3月15日のスーパー・チューズデーを迎えようとしていた。共和党の候補は弱く、オハイオ州の予備選挙が事実上の大統領選と目されていた。モリス陣営の選挙参謀ポール(フィリップ・シーモア・ホフマン)の下で広報担当者として辣腕をふるっていたスティーヴン(ライアン・ゴズリング)は、ポールがモリスとは政治信条を異にするトンプソン上院議員(ジェフリー・ライト)への支持取りつけ工作に出かけている間に、プルマン陣営の選挙参謀ダフィ(ポール・ジアマッティ)から極秘に会いたいと言われて会い、トンプソンはプルマンが国務長官の椅子を約束して説得済みでオハイオではプルマンが勝つと言われ、引き抜きの誘いを受けて断ったもののそのことをポールにすぐに報告せず、スタッフのモリー(エヴァン・レイチェル・ウッド)と関係を持ってしまう。後でスティーヴンからダフィと会ったことの報告を受けたポールは、選挙中に敵陣の選挙参謀と会ってそれをすぐに報告しなかったスティーヴンの忠誠心のなさに怒り、すぐに報告しなかったことでトンプソンを通じてモリス陣営の戦略がプルマン陣営に筒抜けになったことを指摘して、スティーヴンを解雇した。モリーとのベッドイン中に間違えてモリーの携帯に出てモリスの弱みを握ったスティーヴンはその情報を持ってダフィの下に走るが、ダフィにプルマン陣営入りを拒否され、復讐心に燃えるスティーヴンは・・・というお話。

 リベラルで信念を持つ政治家モリスの選挙戦での妥協と、選挙スタッフとの不倫という隠された顔、当初は理想に燃えていたスティーヴンが自分の保身のためなら何でもする男に変貌していく様子という2つの転落・表裏が、中心的なストーリーを形成しています。
 最初は上司のポールを「選挙のためなら何でもする男」と評し、自分はモリスのためなら何でもするがとおどけていたものの、モリスの弱みを握りモリス陣営を解雇されると、モリスを敵に売ることも、モリスを脅すことも何とも思わない人物へと変貌を遂げるスティーヴンは、スターウォーズのダースベーダーのよう。でも、この人、モリーの携帯に最初に出たのは勘違いとしても、携帯を返さず誰だと問い詰めてコールバックすると脅し本当にコールバックして相手を知るとか、自分自身も少なくとも2度関係を持ちながら堕胎費用900ドルが出せないモリーに対して選挙事務所の会計に資金をごまかすように命じた上で事務所の会計から1800ドル渡して900ドルで堕胎して残りで故郷に帰れと命じるなど、もともとかなり性格悪い。自分も関係を持ってるんだし900ドル(7万5000円程度)くらいポケットマネーで出したらどうかとも思いますし。ましてやモリーが自殺したのは、スティーヴンがモリーを選挙事務所から追い出し産婦人科に放置したあげくにスティーヴンが敵陣に寝返ったと聞いてモリスとのことが公表されるとモリーが思ったためで、大部分がスティーヴンのせい。それでモリーの葬儀に平気な顔で出席して、モリーのことでモリスを脅せる神経は、とても人間のものとは思えません。ポールの清濁併せ呑む姿やモリスの行動、さらに言えばダフィの策略でさえ、清潔とはいえないもののまだ理解できる範囲ですが、スティーヴンについては共感できるところがほとんどありませんでした(スティーヴンが不満に思う解雇にしても、自分の落ち度によるものの上、自分だってモリーにリスクがあると知るやモリーを事実上解雇してるし。モリスに対してスタッフと寝てはいけないって言ったって、自分もしてるし)。
 ラスト近く、スティーヴンの後釜の広報担当者に座ったベンに、「ジル・モリス」と名乗る新たな選挙スタッフが絡むシーンは、同じようなスキャンダルの繰り返しを示唆しています。男と女がいる限り、セックススキャンダルの種は尽きまじというところでしょうか。これだけセクシュアル・ハラスメントとコンプライアンスの必要性が浸透した今、部下に性的な感情を抱かない/抱いてはいけないのは組織人として初歩的な心得だと思うのですが。

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