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2012年3月20日 (火)

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

 メリル・ストリープが2度目のアカデミー賞主演女優賞を獲得した映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」を見てきました。
 封切り5日目、4月いっぱいで閉館が決まった上野東急(206席)午後0時45分の上映は7~8割の入り。観客層はやはり圧倒的に中高年層。サッチャーでメリル・ストリープですからね。

 政界を引退後、夫デニスが他界して8年を過ぎた86歳のサッチャーは、夫デニスの幻聴・幻覚と語り合い、認知症と判断されてヘルパーや護衛の者に見張られながら、自分だって買い物ぐらいできると時折訪れる娘にぼやく日々を送っていた。そうした中でサッチャーは、夫デニスの幻覚とともに、政治家を志した若き日々、首相として過ごした栄光と挫折の日々を思い出す・・・というお話。

 徹底した自助努力・自己責任を主張し、福祉を切り捨て、労働組合を敵視して弾圧し、しかし領土を侵されるとコストを度外視して徹底して戦う、バターより大砲の超タカ派の主張を貫き、同じことを男性が言っていれば超タカ派として警戒されて表舞台に立てなかったであろうことを初の女性首相というイメージ戦略で隠して首相に上り詰め11年間君臨したサッチャー。
 この映画では、そのサッチャーの政治姿勢を、国民に歓迎された側面と疎んじられた側面双方で淡々と描き分けています。
 サッチャーの現役の頃、超タカ派に思えたその言動が、もちろん、今でも私の感性には合いませんが、それほど極端に聞こえないのは、日本の政治情勢が大きく「自己責任」の弱肉強食の主張に振れてしまい、そういう輩が全然珍しくなくなってしまったせいでしょうね。

 この映画は、あくまでも夫に先立たれ夫の幻覚と生きる現在のサッチャーを中心に、過去の日々をかつての栄光(と挫折)として振り返るスタイルであるため、強気で超タカ派の発言も毒を抜かれ、また違ったニュアンスで読むことになります。
 政治姿勢の問題よりも、誰にでも訪れる引退、そして能力の減退、思うに任せぬ体の衰え、愛する人の死去、それを受けてどう生きるかといったことがテーマになっています。11年もの間イギリスの首相を務めた人物が、退陣後イギリスがまた別の路線を歩んだことをもって自分がしたことは何だったんだろうと虚しさを感じるというのであれば、満足感を持って人生を振り返ることができる人はいなくなってしまう。どんな権力者でもいつまでも権力を持ち続けることはできない(はず)。その人生のステージごとにできること、またはやりたいことをやっていくのが人生じゃないのかなって思う。この映画がそういっているかどうかは疑問だけれど。

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