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2011年10月

2011年10月29日 (土)

ステキな金縛り

 失敗続きのダメダメ弁護士が落ち武者の幽霊をアリバイ証人に呼ぶ法廷コメディ「ステキな金縛り」を見てきました。
 封切り初日土曜日、キネカ大森の午前10時15分の上映は3~4割の入り。観客層は圧倒的に中高年でした。新宿や渋谷だとだいぶ違うかもしれませんが(新宿ピカデリーなんか、一番大きな1番スクリーンが予約でかなり埋まってますし)。

 失敗続きのダメダメ弁護士宝生エミ(深津絵理)は、ボス(阿部寛)から、「最後の事件」として妻殺しの容疑で逮捕された矢部五郎(KAN)の弁護を任される。面会に行ったエミに五郎は事件当日は奥多摩山中の旅館「しかばね荘」で落ち武者の幽霊に一晩中のしかかられて金縛りにあい動けなかったというアリバイを主張した。公判前整理手続で担当の小佐野検事(中井貴一)から、そのアリバイ主張を鼻で笑われ、その落ち武者の幽霊を証人として連れてきてもらうしかないですねといわれたエミはしかばね荘に行き、落ち武者更科六兵衛の幽霊(西田敏行)に出会った。自らが北条家の家臣として豊臣側への内通の濡れ衣を着せられて首をはねられた悔しさから成仏できずにいる六兵衛は、五郎の冤罪を知り、証言に同意したので、エミは六兵衛を連れ帰る。しかし、六兵衛は日没後しか姿を現せず、大半の人には姿も見えず声も聞こえない。エミは六兵衛の姿が見える人の共通点を探して誰に六兵衛が見えるかを探るとともに、姿の見えない六兵衛に法廷で証言させる手段を思案するが・・・というお話。

 38歳の深津絵理の、ドジだけど一生懸命やってる新人弁護士の初々しい演技と時折見せる会心の笑顔が染みる映画です。阿部寛のボスと中井貴一の検事もまじめそうに見えながらひょうきんなところもあり、外れた言動をまじめな顔で演技し続けてきちんと固めています。ハチャメチャな展開が続く法廷シーンでは、裁判長(小林隆)の腰の低い柔軟というか飄々とした演技が、締めているというかいい味を出していたと思います。
 法廷シーンは、日本の刑事裁判ドラマ・映画にありがちなように基本的にアメリカの法廷物を見て作っている感じで、私自身ここ数年刑事事件をやっていないので断言はしませんが、日本の裁判所等の実情とはかなり違う感じがします。今どきあれだけ法壇の高い法廷はないと思いますし、裁判員裁判なら裁判員は職業裁判官と並んで座るはずですし、拘置所の面会室で被疑者と弁護人が電話を使って話すというのも日本ではないと思います。
 裁判長の訴訟指揮は、もちろん、幽霊が証言するとかいうど外れた設定ですから考えられない展開とはいえますが、近年は民事部の裁判官には、率直に内心を示しつつ腰が低い裁判官も増えてきていて、予想外の展開になったときに裁判官がこういう選択をすることもありそうな気がして、私にはそういう点でもおもしろく見ることができました。たぶん、刑事事件では裁判官は威厳を示す必要が強いと考えられているのでそうはいかないのだろうとも思いますけど。

 主演の深津絵理に限らず、役者の表情がいい映画だなと思います。見得を切っているわけではないけれど、勘所で表情が決まっているという感じがします。「自然さ」はもともと要求されない映画ですから、いかにも演技してるぞって感じともいえますが。
 ちょい役(それも登場するのが1分たらずの)に主役クラスの名前が並んでいるのもゴージャスな気分になれます。深田恭子のファミレスウェイトレスとか(「恋愛戯曲」の公開前記者会見では「もう胸の谷間は見せません」と言っていたはずですが・・・)、篠原涼子の金髪のチャラいねぇちゃんとか(ストリッパーと言ってますが、もちろん、そういうシーンはありません)、佐藤浩市のチャンバラ切られ役とか。
 原作はないから、名前が呼ばれないちょい役は名前がなくてもいいんですが、公式サイトでは、深田恭子のウェイトレスは「前田くま」。篠原涼子の金髪ねぇちゃんは「悲鳴の女」。何だろう、この違いは。本人にはどっちがいいんだろう・・・

2011年10月23日 (日)

地球にやさしい生活

 ニューヨークのライターが実践したゴミ排出ゼロの電気を使用しないエコライフのドキュメンタリー映画「地球にやさしい生活」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、現時点でたぶん全国唯一の上映館の新宿武蔵野館の午前10時からの上映は、トークイベントとクッキーのお土産付きで5割くらいの入り。

 ニューヨークの五番街に住むライターのコリン・ビーヴァンが地球環境に負荷をかけない生活の計画( No impact project )を実践すると宣言し、ゴミ排出ゼロ(食物の包装は拒否、近隣の青空市場で購入し、残飯はミミズコンポストで堆肥化)、輸送による二酸化炭素の排出を減らすために自らは自動車はもちろん、航空機、地下鉄にも原則として乗らないのみならず、食べ物も原則として400km以内で生産された物のみにし(地産地消)、食品以外の新たな購入はせず、消耗品の使用も最小限にとどめトイレットペーパーも使用しない、6か月後からは電気も使用せずローソク暮らし(途中からソーラーパネルでパソコンは使えるようにする)といった徹底的なエコライフを、「ビジネス・ウィーク」記者の妻ミシェルと幼い娘を巻き込んで1年継続し、エコライフの伝道者、エコロジカルテロリストなどと言われながらテレビ出演や妻との駆け引き・摩擦・共感、友人たちとの交友を続けていくというお話。

 極端なエコライフの提唱と実践が、あそこまでやらなければならないと思うと普通人にはついて行けなくなりかえって環境保護派の主張に非現実性、嫌悪感を感じさせるというリスクを持ちつつ、ニューヨークの真ん中で全くの素人がやろうと思えばやれてしまうことを見せ、それぞれがやれる範囲でやればいいというメッセージが繰り返されることで、生活の見直しのきっかけにはなるかなという感じの作品になっています。
 必ずしも完全な実践ではなく、電気については途中でソーラーパネルを導入したり、冷蔵庫についてはポット・イン・ポットタイプの陶器(素焼きのワインクーラーのような原理)を試して失敗し、クーラーボックスに下の階の友人からもらった氷を入れてミシェルから他人に電気を使わせてそれに依存することを皮肉られ、ミミズコンポストは夏になるとハエの生産機と化し、といった失敗と試行錯誤が紹介されていることも、実践のリアリティを感じさせます。
 買い物中毒でテイクアウト中毒、カフェイン中毒の妻ミシェルが、当惑し、時に反発しながら、1年間の実験に協力を続け、青空市場を通じての生産者との交流や友人との交流が増えたことなどを評価し、実験が終わった後もテレビはもう見ないとか青空市場での買い物は続けたいなどと語っている姿は、全部は無理でも一部ならできそうという印象を与えます。
 コリンに意見している知人が、個人の努力よりも、現在の大量消費社会を維持しているのは会社資本主義でおまえさんの妻はビジネス誌で会社資本主義を広めてるんだろと言うシーンがあります。そんなことを言っても、とも思いますが、コリンがそれを軽く受け流すところも、コリンが原理主義者ではなく、やれることだけやればいいという立場であることを示しているように思えました。

 翻って自分の生活を考えると、いろいろ目に付くところはありますが・・・コメントは控えておきます。

2011年10月22日 (土)

はやぶさ/HAYABUSA

 2010年6月、7年間、60億kmの宇宙の旅を経て小惑星イトカワから微粒子資料を持ち帰った無人探査機はやぶさのプロジェクトに関わった人々を描いた映画「はやぶさ/HAYABUSA」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、新宿ピカデリーの午前9時40分の上映は7割くらいの入り。

 幼い頃の兄の夢を引き継いで惑星研究を志したが研究者になれずに書店でアルバイトを続けていた水沢恵(竹内結子)は、惑星探査をめぐる宇宙科学研究所対外協力室長的場(西田敏行)の講演を聴き、感動してマニアックな質問をしたことをきっかけに、相模原の宇宙科学研究所で対外協力室兼サイエンスマネージャー直属で様々なチームの手伝いをするようになって、無人探査機はやぶさのプロジェクトに関わることになった。はやぶさは低予算のため極限までの軽さと電気による運行(燃料がほとんど積めないため)、自律性など困難な課題を多数抱え、開発が難航していた。部品の開発が間に合わないために打ち上げが延期され、予算の延長や打ち上げをめぐる漁協の説得(打ち上げ時には周辺の漁業が停止されるため)を経て、2003年5月9日、はやぶさは打ち上げられた。当初は順調に運行していたはやぶさも、部品の故障や、燃料漏れ、エンジンの停止など数々のトラブルに見舞われて、最大のミッションのサンプル採取にもいったん失敗し、2度目の採取もサンプルが採取できたという確信を持てぬまま帰路に就き、姿勢(太陽光発電パネルの方向)が維持できなくなって通信が途絶えてしまう。これまで通信が途絶した探査機の再発見の例はなく絶望視される中、プロジェクトマネージャーの川渕(佐野史郎)は最大限の努力を続ければ1年以内に通信が回復する可能性は6割あるとスタッフを鼓舞するが・・・というお話。

 唯一の架空の人物(と思われる)水沢恵の視点で語られ(そのため水沢はあらゆるチームの手伝いとしてあらゆる場面に立ち会っている)、映画紹介的には竹内結子・西田敏行主演なんですが、私の目には、文科省からは予算打ち切りを常にちらつかされるのをのらりくらりとかわし、各チームの利害が対立した時やトラブル時にはその場で判断を迫られて苦悩を見せながらも基本的には淡々とその場を仕切っていくプロジェクトマネージャー川渕の物語に思えました。
 トラブル時の復活のために部品1つだけ積ませてくれと迫り拒絶されながら、こっそりメーカーに頼み込んで載せてもらってたエンジン担当チーフ(鶴見辰吾)のとぼけた味とか、ポケットに挿した定規を使って食堂でホッケの骨を外してそのまままたポケットに挿すカメラ担当チーフ(高嶋政宏)とかのキャラもそれなりに楽しめますが。プロジェクトには関係ない引きこもりのはやぶさファンのおっちゃん(生瀬勝久)とか、濃いキャラが多すぎるきらいもありますが・・・
 全体としては、プロジェクトに多数の人々が関わり、途中で去らざるを得なかったり見届けることなく亡くなったり、そういう多くの人々の熱意と希望と創意と妥協の中でプロジェクトが進んでいく、群像劇になっています。

 実話であり、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の全面協力なしには映画化不可能なテーマですから、JAXAの広報映画的な側面も感じられます。公式サイトで書かれている「月以外の天体からサンプルを採取して持ち帰るという、NASAでさえ成し得なかったミッション」とかも、そう書けばそうなんですが、マスコミが無理無理に条件をつけてでも「初めて」と書きたがるような印象を受けてしまいます。無人探査機によるサンプルリターンは、1970年にソ連がルナ16号で月から土を持ち帰っていたのにその時はほとんど評価されず、2006年にはNASAがヴィルト第2彗星の噴出物を持ち帰っていますから、「月以外の天体」に、「着陸して」あるいは「数メートル圏まで近接して」サンプルを持ち帰るという条件をつければ、人類初めてで、またNASAにも成し得なかったことになります。でも、あえてそういう条件をつけなくても、プロジェクトの困難性を素直に見ればいいと私は思ってしまいます。

キャプテン・アメリカ

 1941年に産まれたアメリカン・コミック界最初のスーパーヒーロー漫画を映画化した「キャプテン・アメリカ」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、運営会社の東急レクリエーションから12月下旬閉館が発表されている(でもなぜか「映画ナビ」のサイトには書かれていないけど)池袋東急の午前11時50分からの上映は2割くらいの入り。観客の多数派は一人客でした。

 北欧の神オーディーンの伝説のパワーストーンを得たナチスの極秘科学部門「ヒドラ」は、ヨハン・シュミット(ヒューゴ・ウィーヴィング)の統率の下で強力な光線銃を大量生産し、世界制覇を目指していた。対するアメリカ軍は、かつてシュミットに超人化の血清を注射して悪しき心も増幅させてしまった失敗を悔やんでアメリカに渡ってきたアースキン博士(スタンリー・トゥッチ)の下でスーパー・ソルジャー計画を進めていた。病弱で貧弱な肉体だが正義感が強く平和をもたらすためにアメリカ軍への入隊を強く望み入隊検査で不合格となり続けていた青年スティーブ・ロジャース(クリス・エヴァンス)は、アースキン博士に見いだされ、強い意志と勇気を買われて超人化をもたらす血清を注射され、強靱な肉体と超人的パワー、再生能力を得る。その実験成功直後にナチスのスパイが博士を射殺して血清を盗み、スティーブの活躍で犯人を捕らえるが、犯人は自殺し、博士は死亡、スーパー・ソルジャー計画は中止される。超人になっても一人では戦力にならないと判断されたスティーブは、ナチスのスパイを追う映像で市民のヒーローとなったことから、「キャプテン・アメリカ」と名付けられ、カバー・ガールらとともにステージでアメリカ軍への寄付と入隊を募る役割を課せられて各地をまわり人気者となるが、軍人からはバカにされていた。そうした中、スティーブの親友バッキー・バーンズ(セバスチャン・スタン)が属する部隊がドイツ軍に敗れバッキーは行方不明と聞いたスティーブは単身、ドイツ軍の施設に侵入し、捕虜を解放しドイツ軍施設を壊滅させる。これを見たアメリカ軍はスティーブに特殊な戦闘用スーツと楯(シールド)を開発して与えるとともに他のドイツ軍基地の破壊の任務を与えるが・・・というお話。

 良くも悪しくも古き良きアメコミヒーローものの香りが強く漂っています。敵は赤く爛れた化け物ふうの容貌で、ヒーローはイケメンの優男という、顔で善悪が決まるかのようなつくりが、わかりやすいけど、今どきの感覚ではあまりにいやらしい。ヒドラ部隊がマスクをしてバトルスーツを着て光線銃を持っているあたりはスター・ウォーズみたいですが。
 スティーブが撃たれるシーンがなかったのでわかりませんが、血清のパワーによる再生力・不死身の力とオーディーンパワーの光線銃はどちらが強いんでしょう。見ていてそこ教えて欲しかった。

 スティーブが憧れる将校のペギー・カーター(ヘイリー・アトウェル)との恋愛も、古風でなかなか進展しませんが、そのあたりのじんわりしたペースがおじさんには心地よく思えます。アクション部分を除くとスティーブとペギーの会話がしゃれた感じで楽しめます。
 その中で、ヒドラ部隊の基地に先に乗り込んだスティーブがピンチに陥ったところに援護部隊でやってきたペギーに対し、スティーブが「遅い」(たぶん Too late )というシーン。予告編ではペギーは「そうかしら」(最初が聞き取りにくいのですが、たぶん、Probably perfect または I think perfect )と応えているのに、映画では「何のこと?」( What about ? )となっていてニュアンスが違います。私は予告編の方がしゃれていると思うのですが。こういうとき予告編の音声はアフレコで作るんでしょうかね。

 ラストはややトリッキーですが、これは続編のため(冒頭もそれに合わせたもの)。続編なしならもっと味わいのあるエンディングにできたかも・・・

2011年10月15日 (土)

猿の惑星:創世記

 往年の名画「猿の惑星」シリーズのエピソード1「猿の惑星:創世記」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、上野東急の午前11時45分の上映は7割くらいの入り。

 巨大製薬会社「ジェネシス」でアルツハイマー新薬を研究しているウィル(ジェームズ・フランコ)は、開発中の新薬112を投与したチンパンジーの知能が異常に発達していることに気がつき、新薬承認申請に向けて社内でのプレゼンを始めるが、その最中に被験者のチンパンジーが暴れ出してプレゼンルームに乱入し射殺されてしまい、危険だと判断されて開発にはストップがかかってしまう。そのチンパンジーの部屋の片隅に産まれたばかりのチンパンジーがいるのを見つけたウィルは、自宅に連れ帰り、「シーザー」と名付けで育て、アルツハイマーに悩む父親(ジョン・リスゴー)との共同生活が始まった。3年後シーザーは人間の子ども並みの認識能力を持ち、言葉を理解し、手話でウィルと会話できるようになっていた。新薬112の効果を実感したウィルは、父親のアルツハイマーの症状が進んだのを見て、会社の研究室から新薬112を密かに持ち帰り、父親に投与した。父親は翌朝には劇的に回復し、ウィルはシーザーのけがの手当をきっかけに知り合った獣医のキャロライン(フリーダ・ピント)と仲良くなり、幸せな日々が続いた。しかし、5年後、父親のアルツハイマーは急激に悪化し、隣人とトラブルを起こし、父親が隣人から罵られるのを見たシーザーは隣人のパイロットに飛びかかり、檻に収容されてしまう。ウィルは父親のために新薬112の強力版の新薬113を開発するが、父親は投与を拒否し死亡する。ジェネシス社は、ウィルが父親に新薬112を投与して効果があったことを知ったことから、新薬113の製品化を急ぎ、チンパンジーへの実験を矢継ぎ早に行い量産化する。檻の中で反目するボスや仲間たちを次第に説得し、檻の鍵を手にしたシーザーは、ウィルの就寝中に部屋に戻り新薬のサンプルを発見し、檻の仲間たちに投与した上、檻から脱走し・・・というお話。

 地球が猿の惑星となった経緯を描くという映画で、結果が見えている上に、猿はCGですので、入り込みにくいかなと思っていました。猿の映像ではウォークマンのCM(こういうのネットですぐに見られるのが今はすごく便利だなと思ってしまいます。1987年だったんですね)を見たときの衝撃ほどではないだろうと。でも、多くのシーンではCGと意識することもなく、むしろ表情のつくりで猿の感情がよく表され、けっこう感情移入できました。特に終盤のゴリラがシーザーを救うシーンなど涙ぐんでしまうほど。ただ、四つ足で走るときの後ろ姿とか、ちょっと不自然な傾きというか癖があって、たぶんそういう走り方をする猿はいるだろうとは思うんですが、毎回同じ走り方で、しかも群れになってもみんな同じ癖で走るあたりが、CGだよなぁ、やっぱりと思ってしまいました。
 「猿の惑星」へのつなぎ部分は、一応きちんと説明されていますし、悪役の隣人もうまく登場していますが、それは何か付け足しっぽい印象。
 やっぱり、シーザーの表情と感情、猿たちの連帯感が主役ですね。
 意地悪な看守(トム・フェルトン)の横暴さとか憎らしさとか、それでいて抜けているとかのキャラが、はまっていますが、これはハリー・ポッターシリーズでのドラコ・マルフォイのイメージがかぶっているせいもあるような・・・。それはそれで制作側にはお得感がありますが、こういう役ばかりやってると他の役が難しくなるんじゃないかとも。

2011年10月 9日 (日)

ツレがうつになりまして。

 うつ病になって会社を辞めた夫と漫画家妻の闘病記を映画化した「ツレがうつになりまして。」を見てきました。
 封切り2日目、渋谷TOEI1の午前10時40分の上映は6割くらいの入り。年齢層はばらけていましたが、カップルが多数派だったような。

 自宅が仕事場で家事は苦手、朝寝坊の漫画家髙崎晴子(宮崎あおい)と、自分のお弁当を自分でつくり曜日ごとにお弁当に入れるチーズとネクタイの色が決まっている几帳面なソフトウェア会社従業員の髙崎幹男(堺雅人)夫婦は、年代物の家でイグアナのイグとともに平穏な日々を送っていた。しかし、会社で執念深いクレーマーの電話を受け続けていた幹男は、次第に食欲がなくなり不眠が続き、ある朝お弁当が作れなくなり、何にもできないと言い出す。渋る幹男を病院に行かせ、うつ病の診断を聞いた晴子は、幹男に会社を辞めるよう求め、「会社を辞めないなら離婚だからね」とまで宣言する。会社を辞めても幹男の症状はよくならず、少しよくなってもまた悪化する日々が続いた。連載を打ち切られてしょげていた晴子は、失業保険も切れ生活費も乏しくなり、担当編集者に、ツレがうつになりまして、仕事を下さいと頼み込む。自身がうつになって配置転換された単行本部門の編集者から、作家は書きたいものを書けばいい、書きたくないものを媚びて書いていると編集者にはそれが分かるとアドバイスされた晴子は・・・というお話。

 映画が始まってまず驚くのは、ハルが夫のことを「ツレ」って呼んでいること。第三者に紹介する時じゃなくて、夫自身に対して呼びかけるのに「ツレ」って呼ぶんですよ。(それより先にイグアナに驚くかもしれませんが)
 自宅でごろごろして仕事もそれほど熱心にはせず、家事も苦手で、夫の食欲不振や腰痛、いびき、性欲減退等の前兆にも気付かずにいた、普通にいえば理想の妻とは言い難いハルが、夫のうつ病や退職に大騒ぎすることなく自然体で対応し、悩みつつも「しんどいけどがんばらないぞ」と決意する、ある種の図太さ、開き直りと、度々登場するイグアナののんびり感が、この映画のテーマとなり、またいい味を醸し出しています。
 映画を見終わって、カミさんに、そういえばここのところずっと肩が痛い、腰が痛い、いびきも時々かいてる・・・といいましたが、あっさりスルーされてしまいました。あんたのは歳(50肩)ってか。
 ところで、幹男が通った加茂クリニック、扉には「内科/心臓科」って書いてあったような。うつ病の確定診断して、その後の投薬、診療を続けて大丈夫なんでしょうか。

2011年10月 8日 (土)

ワイルド・スピード MEGA MAX

 ど派手なカーチェイスが売りのワイルド・スピードシリーズ第5弾「ワイルド・スピード MEGA MAX」を見てきました。
 封切り2週目土曜日、新宿ミラノ1の午前11時15分の上映は5%くらいの入り。いかに定員1064人のビッグスクリーンとはいえ、土曜日の午前中とはいえ、前週末興行成績1位の純粋エンタメ映画がこの入りは寂しい。

 逮捕されて懲役25年の判決を受けて護送中のドミニク(ヴィン・ディーゼル)を脱走させた元FBI捜査官ブライアン(ポール・ウォーカー)は、ドミニクとともに指名手配されて、リオデジャネイロに潜行した。ブラジルで資金稼ぎのために誘われて行った列車からの輸送中の高級車泥棒の際に麻薬取締当局が押収した車を盗み出し麻薬取締官が2人死亡したことから、FBIは剛腕の特別捜査官ホブス(ドウェイン・ジョンソン)を派遣する。ホブスの指揮する武装警官隊の襲撃を危うく逃れたドミニクたちは、最後の稼ぎとして、麻薬取締当局が押収した車から得たメモリーチップを見て裏社会の顔役が貯め込んだ資金1億ドルの強奪を計画するが・・・というお話。

 売り物のカーアクションの見せ場は、前半の列車強盗のシーンでの失踪する列車にトラックを併走させて貨物車の壁を切り取って輸送中の高級車をトラックに乗せては降ろして走らせ、気付いた捜査官との銃撃戦や仲間割れの中で迫り来る鉄橋を前に抜け出す場面と、後半の巨大金庫を引きずりながら町中を疾走するシーンです。後者は、カーチェイスではありますが、カーチェイスよりもハンドルを切る度に大きくグラインドしてまわりの物を破壊する金庫の動きとそれを使った追跡者への攻撃が見物です。
 それ以外の部分では意外にど派手なアクションは少なく、FBIと地元警察の新人警察官、裏社会のボスに買収された警察幹部、ドミニクと仲間たちの人間関係の綾を見せながら展開しています。ブラジルではアメリカ以上に警察官が嫌われているのかも、さらにいえば日本ほど警察官が愛されている国は少ないかもと思わせられる場面も。裏社会のボスの方が悪いやつとはいえ、おいおいという場面も見られます。
 後半の裏社会のボスからの強奪作戦は、むしろカーアクションの入った「オーシャンズ11」という感じがしました。計画をどんどん詰めていく「オーシャンズ11」と違って、ハプニングが続いて計画がどんどん変更されていって、この準備は、このシーンは何のためだったんだよと思うところが少なからずありますが。

 ところで、公式サイトの「ABOUT THE MOVIE」、普通の映画の公式サイトのイントロダクション程度の内容だけしかありませんが、ここで「リオを牛耳る犯罪王から100億円を強奪する」って・・・1ドルが100円だった時代って、もう2年以上前。体感的には遙か昔のように思えてしまうのですが。

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