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2011年8月

2011年8月28日 (日)

ヒマラヤ 運命の山

 超人的な登山家ラインホルト・メスナーが弟を失い登山隊長との訴訟に発展した1970年のナンガ・パルバットのルパール壁登攀の実話を映画化した「ヒマラヤ 運命の山」を見てきました。
 封切り4週目日曜日、全国で5館東京で2館の上映館の1つシネ・リーブル池袋の午前10時10分の上映は3割くらいの入り。

 北イタリアに育った若き登山家ラインホルト・メスナー(成年後フロリアン・シュテッター)とギュンター・メスナー(成年後アンドレアス・トビアス)兄弟は、ナンガ・パルバットで兄を失ったこともありナンガ・パルバットのルパール壁登攀に執念を燃やすカール・マリア・ヘルリヒコッファー博士(カール・マルコヴィクス)の登山隊に参加する。組織を重視するカール隊長の下、野心家のラインホルトは摩擦を起こし続けるが、初登攀の結果を出したいカールも妥協を続ける。悪天候での撤退と待機が続き、登山計画の期限が迫る中、ラインホルトは高地の第4キャンプからカールに好天なら予定通り3人で頂上にアタックする、悪天候なら自分一人でアタックすると通告し、天気予報を信号弾で知らせるよう求める。カールはためらいつつも、最後のチャンスと考えて承諾する。深夜に揚がった信号弾は悪天候の予報で、ラインホルトは一人頂上を目指す。ところが、頂上アタック隊に指名されず下山用のザイルの固定を指示されたギュンターは独断で兄を追って頂上を目指した。4時間後ラインホルトに追いついたギュンターとともにラインホルトはルパール壁初登攀に成功し、ナンガ・パルバットの頂上に立った。しかし、単独登攀を目指したためにザイルもなく装備もないギュンターが登りと同じルートでの下山はできないと判断し、好天候だったために頂上を目指していたフェリックス・クーエン(シュテファン・シュロダー)とペーター・シュルツからも距離が遠く登攀が困難だとして救助を得られず、ラインホルトらは別ルートの北側からの下山を目指す。その途中でギュンターは雪崩に巻き込まれ、命からがら下山したラインホルトは、カール隊長と対立することになる・・・というお話。

 日本の登山映画にありがちな派手な滑落やクレバスに転落するシーンがなく、厳寒と体力の消耗がじわじわと迫ってくるような描写で登山の厳しさを感じさせていて、そういうところにリアリティを感じました。
 ヒマラヤの映像の美しさと凄みに目を見張ります。

 ストーリーについては、8000m以上の14峰をすべて登頂した唯一の登山家となったラインホルト・メスナーが、40年前、弟を失い、その責任の所在や初登攀がメスナー兄弟かフェリックス&ペーターか等をめぐってカール隊長との間で裁判になったナンガ・パルバットのルパール壁登攀について「真実を明らかにする」として語ったところによるものですから、どう評価すべきかはなかなか難しいところです。その裁判では、ラインホルトが敗訴しているそうですし、ギュンターはもちろんのことカール隊長も死んだ後で映画化されたのでは、死人に口なしなわけで、そういうことを考えるとちょっと素直には受け取りにくい。どうして40年も経った今頃か、については、2005年にギュンターの遺体が発見されたことを契機に企画が始まったと見ることはできますけど・・・
 カール隊長が、頂上にアタックするラインホルトと無線でも連絡できないのに記録を勝手に想像を交えて書き続ける様子には、へぇ~っと思いますが、これもカール隊長は裁判の相手だから、記録がでたらめと言いたいという動機があるでしょうし。ギュンターがザイルの固定の役割を投げ捨てて勝手にラインホルトを追ったというあたりはギュンターが悪いと普通にこの映画を見ていればそう思いますが、ギュンターの死の責任をめぐって争われていることからすれば、責任を押しつけたい気持ちは出てくるでしょうし。フェリックスとペーターか救助を拒否した描写やナンガ・パルバット頂上でメスナー兄弟が残した物を隠蔽しようとしたかのような表現(最終的に隠蔽したかどうかはぼかされていますが)も初登攀をめぐって争いになったことを考えると・・・というようにこの映画のストーリーで目を惹く点は、ほとんどがラインホルトが相手を悪く言いたい動機があるがためにうがった見方をしたくなってしまいます。

 私には、ラインホルトの主張とは逆に、8000m級の登山での組織というか、たいへんな数の人々の支援と協力の重要性と、それでも困難な大自然の厳しさといったものの方が印象に残りました。

2011年8月27日 (土)

神様のカルテ

 2010年度本屋大賞2位作品を映画化した「神様のカルテ」を見てきました。
 封切り初日土曜日、ナンバー1スクリーン580席を充てた新宿ピカデリー午後1時10分の上映は8~9割の入り。今週末はハリーポッターと死の秘宝を追い落とせるかも。
 観客層は、若い女性コンビが多数で、次いで若いカップル、次いで嵐ファンの中年女性層、宮崎あおいファンの中年男性層というところ。

 長野の地方都市にある本庄総合病院の消化器内科医栗原一止(櫻井翔)は、当直で救急外来をほとんど断れず徹夜勤務を続け、休む間のない激務に追われていた。一止とともに2人だけで消化器内科を担当している先輩医師古狸こと貫田(柄本明)の勧めで信濃医大病院に研修に行った一止は、患者の診療方針について多数の医師が参加して協議するカンファレンスや手術を通じて高山教授(西岡徳馬)に見いだされセミナーへの参加を求められる。手術困難な部位の胆嚢癌を患った患者安曇雪乃(加賀まりこ)は信濃医大病院に手術を求めて来院するが、一止が担当して抗癌剤治療を選択したため、手術を拒否され、6か月の余命と宣告され、途方に暮れ、取り寄せたカルテの真摯な記載を見て一止を探し出して本庄病院を訪れる。大学病院への誘いと地域医療の激務・待っている患者たちの間で思い悩む一止は、妻榛名(宮崎あおい)や古い旅館で同居する仲間たちに温かく見守られながら過ごしていたが、安曇の病状は次第に悪化し・・・というお話。

 救急外来の激務と、その現実の中で栄達の道よりも現場を選ぶ医師というパターンは、私のまわりでも見聞きしますし、そういう医師たちがいるから救急医療が回っているのだと思います。それ自体は、感動すべき話ですが、そういう個人の犠牲的精神に頼ることは制度としては問題で、本当はそうでなくてもやっていける制度を作らなきゃいけないのに、という部分が感動話の陰に隠れてしまう危険は常々考えておきたいところです。
 それはおいて、大学病院での研究の名誉よりも苦しい現場を選ぶという点では、だってその方がおもしろいじゃないとかバカだねぇ後悔するよとか笑っていえる貫田医師の方がかっこよく見えるし、激務を淡々とこなす救急外来看護師長(吉瀬美智子)がまたかっこいい。もっともそこは、櫻井翔があえてかっこよく演じないでさえないふうに見せていると見るべきなんでしょう。

 ことあるごとに漱石の小説の言葉を引用する一止の古い言い回しや、同期の主任看護師(池脇千鶴)が昼食に誘ったりいたわりを見せる度に「好意はありがたいが、僕は妻がある身なのでそういう申し出は・・・」とか言ってあきれられるズレっぷりなどで、激務の現場の映像の緊張をほぐし、人間味のある医師をイメージさせようとしています。古風な言い回しは、一止だけじゃなくて、榛名も古い旅館の同居人たちも同じ。病院の中以外はタイムスリップしたような感じです。そのあたりにホッとするか、違和感を感じるかで映画の印象がだいぶ違ってきそうです。
 古い旅館の同居人たちについては、特に説明なく出てくるので、激務に追われる一止が妻のみならずそういうまわりの人々との関係で支えられているのねという印象は残りますが、やや唐突感というか蛇足感もあります。

 メインストーリーの患者安曇の最後の幸せな時間の話。患者側の話としては、それはそれでわかるんですが、その充実感は、医師がもたらすべきなんだろうかという点に疑問を感じました。そこは、看護スタッフの方で担当し対応する領域じゃないのかなぁ。そこまで医師が対応すべきっていうのは、ただでも激務に追われる現場の医師に無い物ねだりをすることになるだろうにと思いました。

2011年8月21日 (日)

ツリー・オブ・ライフ

 カンヌ映画祭パルムドール受賞作「ツリー・オブ・ライフ」を見てきました。
 封切り2週目日曜日、新宿ミラノ1での午前11時の上映は1~2割程度の入り。

 実業家として成功し壮年に至ったジャック(ショーン・ペン)は、テキサスの街で成功のためには強い意志を持ち力を持つことが必要だと諭す威圧的な父(ブラッド・ピット)と優しい母(ジェシカ・チャステイン)の下で育った子ども時代を回想する。音楽家を目指しながら果たせず、特許をめぐる裁判でも敗れ、リストラに遭いながらも弱みを見せない父。その父の威圧的な態度に反発し、他人の家の窓ガラスを割ったり忍び込んで下着を盗んだりした少年時代のジャック(ハンター・マクラケン)。次男のR.L(ララミー・エップラー)が19歳で死に、悲嘆に暮れる母・・・そういったエピソードを時系列に沿わずに断片的に重ね、宇宙や海中などの大自然の映像を挟んで構成しています。

 断片的な映像が主の前半では、神に捧げた生活では不幸は起こらないという母のナレーションで始まり、19歳の次男が死んで悲嘆に暮れる姿、不幸はどこにも訪れる、不幸から身を守ることはできないと説く神父の説教を通して、正直に生きても不幸を避けられないことの不条理と怒りをテーマとしているように見えます。ジャックの少年時代のエピソードが続く後半は、威圧的な父親への反発と反抗、しかし自分もまた他の者に対しては威圧的なジャックの姿と大自然の映像とを合わせて、親から子への伝承と繰り返し、その枠組みの中で人間が成長してきたことへの気づきをテーマとしているように見えます。
 宇宙や海中、空からの映像は美しく、マリック版「2001年宇宙の旅」との紹介もされていますが、残念ながらすでにこの種の映像を見慣れてしまった現代の観客には、プラネタリウムか環境映像かとも思えてしまいます。特にそういう映像の割合が多い前半はそういう印象を持ってしまいました。ジャックの少年時代の映像が比較的長時間続いた中で挟まれる後半では、延々と続く人間・生物・地球の営みの中での親から子への引継をイメージさせているのだなと理解しやすかったのですが。
 前半のテーマは、信仰心の篤い人々の多い欧米では観客に感銘を与えたでしょうけれども、無神論者というか神に守られているという意識の薄い日本人には今ひとつ琴線に触れない感じがしました。

 最初の方で現れる19歳の次男が死んだ部屋の映像が、最後の方でジャックの父がリストラに遭い引っ越して行く前の家のように見えました(同じ家のように見えましたが、自信はありません。でも、かなり大きな家であることは確か)。引越のときジャックはまだ少年の姿でしたから、次男が19歳で死ぬのは引越後のはずなんですけど。

2011年8月20日 (土)

一枚のハガキ

 99歳の日本最高齢映画監督新藤兼人が自らの体験に基づいて製作した反戦映画「一枚のハガキ」を見てきました。
 封切り3週目土曜日、東京で2館の上映館の1つテアトル新宿の午前11時の上映は7割くらいの入り。観客層は圧倒的に中高年でした。

 第2次世界大戦終盤の1944年、海軍から天理教本部の清掃に派遣されていた中年部隊100人は、清掃業務が終了し、次の派遣先を上官が引くくじで決められた。くじでタカラヅカ歌劇団の清掃に回された10人のうち1人の松山啓太(豊川悦司)は、くじでフィリピン行きの60人に入った二段ベッドの上側の戦友森川定蔵(六平直政)から、妻から来た一枚のハガキを託され、自分は死ぬことになるが返事を書こうにも検閲が厳しくて「後は頼む」とさえ書けない、生き残ったら妻を訪ねてこのハガキを確かに見たと伝えてくれと頼まれる。定蔵の戦死の報を受けた妻森川友子(大竹しのぶ)は、義父(柄本明)に頼まれて家に残り、長男が死んだら次男が後を継ぐのがしきたりだ、次男の三平と結婚して欲しいと言われ、承諾すると、すぐに三平(大地泰仁)がやってきて慌ただしく祝言が行われ直ちに初夜を迎える。しかし、ほどなく三平も召集され、戦死してしまう。その後、義父は心臓発作であっけなく死に、義母はその後を追い、友子は田舎の古家に取り残され、村の顔役の吉五郎(大杉漣)に言い寄られる日々を過ごしていた。タカラヅカで終戦を迎えた啓太は、自分は戦争で死ぬものと思っていたので妻にハガキを出さずにいたが、今から帰ると初めてハガキを書いて帰ったところ、家はもぬけの殻だった。近所に住む伯父(津川雅彦)の話では、啓太が戦死したという噂が流れ、妻(川上麻衣子)と父ができてしまい、おまえのハガキを見てびっくりして2人して大阪に逃げたという。呆然として仕事も手に付かずだらだら過ごしていた啓太は、ブラジルに行くことを決意し、身辺を整理しているうちに、忘れていた定蔵から預かったハガキを見つけた。啓太は、ハガキを手に友子を訪ねるが・・・というお話。

 設定や映像には、今ひとつ切迫感とかリアリティを感じにくい。戦争末期で中年男子も召集されているという設定で定蔵が応召し戦死しているのに、それよりずっと若く健康な三平がそれまで召集されずに定蔵の戦死後に召集されるとか、終戦直後の食べることに必死の時代に啓太がつり上げた立派な鯛をそのまま逃がしてしまうとか、設定からしてずっと着たきりか洗いざらしのはずの友子の絣がいかにも新品できれいとか。
 おそらくは、あえて全体に嘘っぽさ、安っぽさを漂わせ、戦争体制とか、国家とか、英霊とか、上官とか、村の顔役とかのうさんくささ滑稽さを際立たせようということかなと感じました。

 戦争で引き裂かれた友子の定蔵への思い、定蔵を奪われた悔しさが胸に響きます。応召して周囲の人々の見送りも途絶えた後山道を行く定蔵をずっと追いかけていく友子、義父の頼みに従いながらときに大声で叫ぶ友子、三平にのしかかられながら心ここにあらずの友子・・・。三平も戦死した後、友子の口から出るのはほとんど定蔵のことだけで、中年おじさんとしては、友子が若いイケメンの三平よりも中年のおっさん丸出しの定蔵を思い続けている姿にホッとします。まぁ定蔵とは幼なじみで16年連れ添ったわけですから、これでほんのわずかな期間夫婦だったイケメン男の弟の方がいいって言われたら、悲しすぎますが。

 戦争が、前線の兵士の命を弄び、その家族を引き裂き不幸にすることを、かなりストレートに主張した反戦映画で、リアリティを重視し主張は抑えて堪え忍ぶ姿から感じさせるというタイプを好む人には違和感があるかもしれません。しかし、あからさまな主張部分を置いても、大竹しのぶの耐える姿とときとしてぶつける激情に感じ入る映画でもありました。

2011年8月13日 (土)

黄色い星の子供たち

 第2次世界大戦中のフランスで行われたユダヤ人一斉逮捕→絶滅収容所送り事件を描いた映画「黄色い星の子供たち」を見てきました。
 封切り4週目土曜日、全国4館東京では2館の上映館の1つ新宿武蔵野館の午前10時45分の上映は4割くらいの入り。

 第2次世界大戦中、ナチスドイツに恭順を示すビシー政権下のフランスでは、ユダヤ人は黄色い星を付けることを義務づけられ、娯楽施設や商店への立ち入りを禁じられていた。拝外主義的なフランス市民の支持もあり次第に厳しくなる迫害の中で、国外脱出を試みるユダヤ人は収容所送りになり、ユダヤ人たちの絶望が深まっていた。そんな中で、フランス政府はナチスドイツの要求に従い2万4000人のユダヤ人逮捕を計画し、1942年7月16日夜明け前、ユダヤ人一斉検挙を実施し、1万3000人の身柄を拘束してヴェル・ディヴ(競輪場)に5日間ろくに水や食糧を与えないまま収容し、その後郊外の収容所に移送し、さらに子どもたちを親から引き離してまず親を絶滅収容所に送り、次いで子どもたちを送った。そういう中での逮捕されたユダヤ人たち、収容所の中で医療を続けたユダヤ人医師、同行して医療活動を続けたフランス人看護師らは・・・というお話。

 メインストーリーとしては、夜中に踏み込まれ逃げることもできずに逮捕収容されたユダヤ人家族たちが、着の身着のままで競輪場に収容されて水も食糧もなく戸惑いながら翻弄される様、収容所に移されて何とか家族で励まし合いながら運命に耐えていく様、そして男、女、子どもたちに分けられて家族を引き離すことに抗議し泣き叫びながら暴力で引き離されて絶滅収容所に送られる様といった、惨劇に涙します。
 その中で、逃げようと思えば容易に逃げられたのに、若干名のユダヤ人を逃がしながら、自分は収容されたユダヤ人を見捨てられないとして医療行為を続け最後には絶滅収容所に送られるユダヤ人医師、その医師に同行し次第に思いを寄せつつ収容所でも献身的な医療行為を続けるフランス人看護師らの生き様に感動します。
 そして、国策だからとユダヤ人検挙を実行し、暴力をふるい、身につけた貴金属の略奪に励むフランス軍人・役人らの醜さを見るに付け、怒りに震えます。国策を言い、それを口実にその推進のためにはどんなことでも平気でする役人の思考停止と保身、醜さはどこの国でも同じなのでしょう。
 また、この映画では、ユダヤ人の排斥を主張し、喜ぶフランス市民も描かれていて、これまた、どこの国にも外国人を排斥したがる市民たちがいるわけで、ナチスドイツとフランス政府だけに特化して見るべきでないことが読み取れます。

 しかし、同時にこの映画では、フランスの公務員でも政府の指示を無視して収容されているユダヤ人に水を配り、渡された手紙の投函を部下に指示する消防署長や、検挙予定のユダヤ人のうち1万人以上をかくまって検挙を免れさせたフランス市民たちの姿も描いています。
 迫害されたユダヤ人とて、集団として見てしまえば、いまではパレスチナ市民を迫害し続ける暴虐の徒であることは否定できません。
 そういうことも含めて、集団として民族として国としてではなく、現実に生き生活している個人として捉えなければ見えてこない、そういうことが言われているのだと、思いました。

 翻って、我が国の役人には、国策推進のためには何でもやる官僚ではなく、個人として良心を持ちそれにしたがって行動してくれる人は、どれくらいいるのでしょう。

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